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日本製 オールドノリタケ Old Noritake

日本の高級陶磁器メーカー オールドノリタケのトップページ

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オールドノリタケ 人気ランキング Best3



日本歴史上の名品 オールドノリタケ
金彩の装飾にスワンと風景が描かれたカップ&ソーサー

日本歴史上の名品 オールドノリタケ
金彩の装飾にスワンと風景が描かれたカップ&ソーサー

日本歴史上の名品 オールドノリタケ
					金彩の小窓にピンクローズが描かれたカップ&ソーサー

日本歴史上の名品 オールドノリタケ
金彩の小窓にピンクローズが描かれたカップ&ソーサー

日本歴史上の名品 オールドノリタケ
金盛藍線帯華装飾紋 キャビネットカップ&ソーサー

日本歴史上の名品 オールドノリタケ
金盛藍線帯華装飾紋 キャビネットカップ&ソーサー

金彩の装飾にスワンと風景が描かれたカップ&ソーサー

120,000円(税込/送料無料)

金彩の小窓にピンクローズが描かれたカップ&ソーサー

50,000円(税込/送料無料)

金盛藍線帯華装飾紋 キャビネットカップ&ソーサー

50,000円(税込/送料無料)
321商品
321商品中 1 - 100表示

弊社が取り扱うオールドノリタケについて

  • 気品溢れるそのデザインで、長く世界の人たちから愛されてきたオールド・ノリタケ。
    オールド・ノリタケの製品は、どれも新しさを取り入れながらも、伝統的な美しさも大切にする感性と高い工業的技術力が合わさった芸術品として、骨董品専門家や多くのコレクターたちから高い評価を得ています。
    洋食器を集めている人であるなら、オールド・ノリタケの名前を知らない人はいないだろうというほど、有名で人気の高い製品なのです。
    オールド・ノリタケが設立されて長い年月が経ちますが、常に時代の先を読み、そのときそのときにマッチした製品やデザインを生み出しているからこそ、長くその作品は愛されているのではないでしょうか。
    その緻密な金彩加工は、間近で目にすると、思わず息を飲んでしまうほどの迫力を感じることができます。
    そもそもオールド・ノリタケは1884年から1945年までの製品を「オールド」と呼んでいるのです。
    そんなノリタケの製品は、花瓶や食器、置物などの装飾品といった、いわゆるテーブルウェアと呼ばれるものが中心となっています。その繊細で緻密なデザインにファンは多く、現在に至っても収集するコレクターたちは多くいます。
    現在でもノリタケの本社は名古屋にノリタケカンパニーリミテドとして、世界最大で最高級の陶磁器メーカーとして経営を続けています。
  • オールドノリタケ
  • オールドノリタケ
  • ノリタケは戦後、日本にいたアメリカ兵がお土産にとして買い求めていくことが多かったと言われています。その製品は、プレミアノリタケとして、現在でも一部の愛好家たちからは、愛されているのです。
    どの製品も凝ったデザインで、圧倒的な人気を博したノリタケ製品は、国内の業者がそのデザインを模倣し、偽物までもが出回ってしまうほどだったと言われています。
    日本の製品の海外輸出の歴史について語るとき、欠かすことができないと言われるほどのノリタケ製品。それほどまでに日本の輸出の歴史と深くかかわり合い、日本の輸出産業の発展に寄与しているのです。
    第二次世界大戦により、ノリタケは以前のような高い品質の製品を作ることができなくなってしまい、ノリタケブランドを封印してしまった時代もありました。
    しかし、時間が立つことにより、再びもとの高い品質の製品を作ることができるようになり、ノリタケブランドは復活することができました。このように、日本の歴史と深く結びつき、世界の人たちを常に驚きと感動で沸かせていたノリタケ製品。
    だからこそ、今なお、変わらぬ人気で多くの人の目を楽しませているのかもしれません。

オールドノリタケの歴史とマーク(刻印・バックスタンプ)を徹底解説します!


1858 日本、アメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランス各国との修好通商条約(安政五カ国条約)に調印。

1868 幕府の終焉、明治時代の幕開け。

1876 海外輸出を志し、東京で森村組を設立(森村と大倉が入社)。ニューヨークで日の出商会を設立。

1879 日の出商会閉業。ニューヨークで日の出商会森村ブラザーズを設立。

1880 広瀬が東京の森村組に入社。

1882 森村組、卸売業への転換を決断。

1884 森村組、東京・名古屋・京都に専属契約の画付け工場を設置。

1904 日本陶器合名会社、愛知県愛知郡鷹場村大字則武向510に設立。(現・名古屋市西区則武新町3-1-36)(1963年、英語表記をNoritake Co., limitedに変更)

1916 国内市場向けに名古屋で合名会社日東商会を設立。(現・株式会社ノリタケテーブルウェア)

1917 陶器、磁器、衛生陶器製造のため小倉に東洋陶器株式会社を設立。(現・TOTO株式会社)

1918 森村組、森村商事株式会社として再編成。

1919 名古屋で日本碍子株式会社を設立。(現・日本ガイシ株式会社)

東京で大倉陶園を設立。(現・株式会社大倉陶園)

1921 ニューヨークの森村ブラザーズ、東京の森村商事株式会社と合併。常滑で伊奈製陶株式会社を設立。(現・株式会社INAX)

1936 共立原料株式会社を名古屋に設立。(現・共立マテリアル株式会社)

日東石膏株式会社を名古屋に設立。(現・日東石膏ボード株式会社)

日本特殊陶業株式会社を名古屋に設立。(現・日本特殊陶業株式会社)

1939 砥石の製造を開始。

1947 ニューヨークでNoritake Co., Inc.を設立。

1956 ステンレススチール食器の製造を開始。

1958 シドニーでNoritake (Australia) Pty. limitedを設立。

1961 クリスタルガラス食器の製造を開始。

メラニン食器の製造を開始。

1962 セラミック

1963 研磨布紙の製造を開始。

1969 電子機器の製造を開始。

1971 

1972 スリランカ

1973 ダイヤモンドツールの製造を開始。

1974 フィリピンでPorcelana Mariwasa Inc.を設立。

1976 ベルギーでNoritake (Benelux) S.A.を設立。

1979 ノリタケモデル工場を操業開始。

1981 日本語社名を株式会社ノリタケカンパニーリミテドに変更。

1985 日東石膏ボード株式会社、ノリタケカンパニーリミテドに合併。

ノリタケの刻印の歴史

ノリタケの刻印一覧 その1ノリタケの刻印一覧 その2

商品に刻印されている商標は商品の品質に責任を持っている会社の顔とも言えます。

陶磁器の刻印は時代の先駆者の高い志を示しています。

同時に、世界中に広まった日本の陶磁器の力強さも表現しています。

 

1904 日本陶器合名会社設立(現在のノリタケカンパニーリミテッド)

創業の地は愛知県愛知郡鷹羽村大字則武字向510です。

ノリタケとは創業の地名に由来しています。

当時のアメリカでは日本製の陶磁器の人気が非常に高く、将来的に陶磁器産業が拡大するのを感じた森村組は 自社で製品を作り販売するということに舵をきる決断をします。

当時輸出していた商品はほとんどが花瓶、置物等の装飾系の作品がほとんどでした。 さらにそれらの絵付けはアメリカの市場をターゲットにしたものではなく日本で人気のデザインをそのままアメリカに持って出て行ったような形だったのでそもそものデザインから再考する必要がありました。

また、そういった装飾系の作品だけでは販売数に限界を感じた森村組は日常でも使用できる食器を輸出しようと考えていました。そして、アメリカでは白生地ではなく純白のものでないと食器として認められていませんでしたのでまず初めに純白の生地作りからスタートさせました。

1908 最初の刻印が登録されます。

国内市場のための刻印で日本で登録されました。

RCは瀬戸物を意味するRoyal Crockeryの頭文字です。

最初の刻印 

デザインはヤジロベエと呼ばれていて、バランスのとれた経営を意味します。

ヤジロベエ

イギリス市場のためにロンドンで登録された刻印です。

イギリス市場の刻印

 

 

1911 さらに多くの刻印が日本で登録されました。

追加された刻印

アメリカとイギリスの刻印

 

上記の刻印はアメリカ市場のための刻印です。

 

飾り環は森村家の家紋に由来します。

Mも森村家からとっています。

 

下の2つはイギリス市場のための刻印です。

下のデザインは漢字の「困」に由来します。

輸出事業はそれまでとは違い、考え方や文化が異なる外国人が相手であった為です。

そのような困難を乗り越えなくてはいけないという想いを込めてデザインされました。

        明治の人々の前向きな姿勢が表現されています。

 

1914  ノリタケ初のディナーセットに使用された刻印です。

「セダン」という名前がつけられました。

1914年の刻印

 

1918  それまで”Nippon”と刻印されていた生産国名を英語表記の”Japan”に変更されました。

1890年のマッキンリー関税によって生産国の英語表記を義務づけられたはずだが、なぜか1891年から1921年の間”Nippon”と刻印されました。

1918年の刻印

 

1926 インドと東南アジア市場のための刻印がインドで登録されました。

Royal Crockeryと月桂樹が初めて用いられます。

1926年の刻印

 

1933 月桂樹の下にリボンがあるデザインへと変更されます。

今日使われている刻印の基となっています。

1933年の刻印

 

1946 「ローズチャイナ」

大戦直後から磁器の生産を再開したが、様々な理由で以前ほど高品質の磁器を生産、輸出出来ませんでした。

ノリタケは最高級の製品にのみ使用したかったので、一時的にロースチャイナを用いました。

1946年の刻印

 

1947 “Made in occupied Japan”

占領下の日本で作られたことを示す刻印が用いられました。

1947年の刻印

 

1948 1946年以降様々な試行錯誤を経て製品の品質を向上させた結果1948年から再びノリタケを用いるようになりました。

 

1950 ノリタケがついにアメリカで登録されました。

ノリタケとは場所の名前なので商品名としては正式に登録出来ませんでした。

しかし、製品が常に高品質であったことと、信頼により登録の許可が下りました。

製品番号D175は1912年以来現在でも世界中で人気の製品です。

製品番号と刻印の両方が日本とアメリカで登録されました。

1950年の刻印

 

1953 この刻印は日本とアメリカ両方で登録されました。

Nはかつての社名日本陶器に由来します。

現在の製品にはこの刻印が用いられています。

1953年の刻印


 

 

オールドノリタケの代表的な輸出向けのデザイン

・オールドノリタケのアールヌーボー様式

アールヌーボー様式を取り入れたオールドノリタケの花瓶(宝飾品)

アールヌーボーのデザインは、1870年代のロマン主義からの流れを受け継いでいます。

風景画のデザインはアールヌーボー期によく描かれたデザインで木、川、湖等の自然の風景を中心に制作されていました。

その中でも、大小サイズがさまざまある花生け、壺、鉢、花瓶、水差し、置物、などは、高さ、大きさなどに合った曲線や膨らみで表現されています。

そしてこれらの作品の摘み、取っ手、蓋の摘みなどもとてもバランスのとれた曲線や丸みで表現されているのです。


作品の中に描かれているものは空は朝焼け、日中、夕焼けの景色で水辺の風景には湖や川、沼地が描かれています。

さらに絵付けはもちろんではありますが、多くの絵の具、高品質な金彩で仕上げられています。

織物、漆器、染物、七宝焼などの、とても難しい技法が磁器の絵付けに使われているのです。

その中には、とても人間業とは思えないものまであります。

それほど繊細で、綿密な技法で作られている作品もあるのです。

そして、デザインのモチーフもとても優れています。
 

品格においても、品質においても、上室のものばかりなのです。

これらのようなオールドノリタケの作品は、収集家や骨董の専門家たちの間でも、大変評価が高く芸術作品として賞賛されているのです。

特徴でもある、アール・ヌーヴォー調の絵付けというのは、おおまかにわけると、次のようにわけられます。

1.繰り上げ

2.金盛り

3.レリーフを施して模様上の絵付け

4.金腐らし

5.つづら織布目地の絵付け

6.色点盛り

7.エナメル盛り

8.レリーフの貼り付け盛り上げ

9.転写絵付け

というようなものなどがあります。

※オールドノリタケのき金盛の技法を使ったカップ&ソーサー
オールドノリタケの金盛の技法を使ったカプ&ソーサー

この中でも、金盛り、色点盛り、エナメル盛り、エナメル盛り、レリーフの貼り付け盛り上げのほとんどは、一陳を使っての盛り上げとなっているのです。

そしてオールド・ノリタケは、これらの絵付けの方法を単体で施しているわけではないのです。
多くの作品において、他の方法も併用して絵付けされているのです。


 

・オールドノリタケのアールデコ様式

オールドノリタケのアールデコ様式を取り入れた花瓶

明治期の日本の輸出陶磁器に描かれた西洋美人画はヨーロッパの陶板画(KPM)等などの影響を強く受けておりヨーロッパから購入した転写紙を窓絵に貼り付けてその周りをジェエルで囲んだものなどその華やかなデザインはヨーロッパからの影響を強く受けていました。

この様式のルーツとなったのは、世界のあちこちにあるさまざまな装飾なのです。

時には、異なる装飾の様式での表現もありましたが、それらの統合体と言えるのです。

具体的に言うのであれば、当時のヨーロッパの立体派、ロシアの構成主義、ドイツのバウハウス、イタリアの未来派(抽象、ゆがみ、単純化)、そして古代エジプトの様式、アフリカの種族の様式、東洋の様式(東南アジアのサラサ様式、日本の着物様式)、ロシアバレーの色彩といったさまざまなポイントが含まれています。

こういったさまざなものをベースとして取り入れ、モチーフを作り出したのです。

そして衣服、布地、家具、金属機器、ガラス製品、陶磁器、宝石、壁紙、建物といったものに使用されています。

それらは、ヨーロッパの都市文化や風俗、習慣といった一般市民の中にまで取り入れられ、そこから色々な分野に広がっていくことになりました。

 

しかし、この時代というのは、第一次世界大戦により、肉体的にも精神的にも多くの人たちはダメージを負っていました。

そんな人たちの気持ちを救う、楽しみ、快楽、拘束からの解放、そしてそれだけでなく、風変わりで斬新、そして奇抜なものを求め続けていた時代でもあるのです。

★基本編:様々な年代で繰り返し使用された バックマーク/バックスタンプ



次は「ノリタケ」の珍しい刻印をご紹介します。

皆さん、食器の裏側ってみたことありますか?そうです、バックスタンプあるいはバックマーク

と呼ばれているシロモノです。

実は、このバックマーク、その年代毎に異なっており、時代の背景に沿っていろいろな色や形に変化しているので

マークを見ただけで歴史がわかってしまうのです。今回は、ノリタケのバックマークの基本的なものから、特別に作られたマークまで、ここだけの情報をたっぷりお届けします。

 

(※下記に掲載されているバックマーク/バックスタンプは、ノリタケオーストラリアとノリタケ株式会社が提供する「バックマークのノリタケ年表」その他を参照したものです)

 

ノリタケオーストラリアによりますと、ノリタケバックマーク/バックスタンプの内のいくつかは、特別イベント用のものであったり、様々な製品と年代で何度も使用されているとのことです。

しかしながら、こういったアイテムには、製造年月日や製造番号といった個体認識ができる情報がないのも特徴のひとつなのです。

そこで、ノリタケの製造時期を特定するにあたっては、バックマーク/バックスタンプだけを参考にするのではなく、製品のデザイン・フォルムをしっかりと吟味しながら見定めて行くことをお勧めします!

それでは、早速マークの詳細を見て行きましょう♪

 

ノリタケの歴史の中で長く使用された3つの共通マーク。それが、「ノリタケ マルキ印」「M-Japan/M-Nippon印」「RC印」です。

 

Noritake マルキ印 MADE IN JAPAN ブルー (1905)
(1905)青色が特徴のバックマークで、1939年まで使用されました。Noritake マルキ印 MADE IN JAPAN グリーン (1920年代)(1920年代)緑色が特徴のバックマークで、1920年代に使用されました。Noritake マルキ印 バーミリオン (1949)

(1949)バーミリオンの赤色が特徴のバックマークです。

Noritake マルキ印 MADE IN JAPAN グリーン (1949)

(1949)

緑色が特徴のバックマークです。

M-Japan/M-Nippon印 レッド (1937/8年)
M-Japan/M-Nippon印 グリーン(1937/8年)
 RC印(RC JAPAN) 1950年代後半まで
RC印(RC Made in Japan) 1950年代後半まで
ブルーのマルキ印は1939年まで、グリーンのマルキ印は1952年までの使用です。

M-Japan/M-Nippon印のグリーン・レッドは共に、1937/8年まで使用されました。

 

RC印(RC Made in Japan/RC JAPAN)は1950年代後半まで使用されました。

オリジナルのRC印は、1908年にまで、さかのぼります。

【登録詳細】

No.0033949

適用対象日:

22/08/1908
登録日:

10/10/1908

*RCとは、Royal Crockery(高級磁器)を指します。

RC印には、30種類ものバラエティがあります。(戦後に作られたROSE CHINAを除いたもの)

 

★中級編:マルキ印について

 

囲いの中に「木」の字がデザインされたマルキ印は、森村組のシンボルマークとしてデザインされたものです。

マルキ印がどのようにして作られたのか、その変化を見てみましょう。

マルキ印 変遷 由来

1、元になった文字は、「困難の困」

意外なことに、マルキ印は「木に丸」ではなく「困」という一文字を元にして作られました。(写真左端参照)

 

2、四角囲いが円形に変化

最初は「困」そのものであったマークですが、その周囲の四角形が、ほぼ円形に変更されました。また、中心に描かれた「木」の文字自体も、茎が槍のようなフォルムに変更されています。

「木」という文字の先端が、難しい状況を打ち破るというコンセプトです。(写真左から2番目参照)

 

3、全体的に、なめらかで穏やかな雰囲気のマークへ

いびつであった円形が、さらに滑らかな美しい円に変化しました。こちらは、ほぼ完成に近いもので、全体的に調和がとれた雰囲気になっていることが見て取れます。(写真左から3番目参照)

 

4、マルキ印が様々なバリエーションへと進化

「○の中に木」として描かれるようになった、マルキ印。写真左から4番目のマークは、多くのバリエーションを持つマルキ印の中でも、特にシンプルなものです。

上部に「Noritake」の文字が描かれ、下部には「Made in Japan」とデザインがされています。1902年頃から使用されるようになりました。(写真左から4番目参照)
【マルキ印のバリエーション】

マルキ印は、森村組のバックマーク/バックスタンプのみにとどまらず、ノリタケバックマーク/バックスタンプ、東洋陶器会社 (現在のTOTO株)、KOKURA CHINA (マルキ・コクラ印と呼ばれています。)、森村ブラザーズ社のロゴ、レターヘッドや封筒、木箱のステンシルマーク、輸出用品、国内用品、社内グッズ、社旗、従業員バッジなどに使用されています。

ちなみに、このマークに対する「コマル」という呼び名は本来ふさわしいものではなく、「マルキ」こそが正式な名称であるとされています。

「困難の困」などというマイナスイメージが浮かぶ文字が、製品を代表するシンボルマークとなることは、最近では考えられませんよね。

しかし、このマークには、「海外で成功を収めるには、考え方や習慣の違いという困難を乗り越えることが不可欠だ。」という森村ブラザーズ創立者の強い思いが込められているのです。

海を渡って大きな成功をおさめた製品の目印となった、「マルキ印」。その背景を思うと、とても感慨深いですね。

 

★上級編:その他、特別なバックマークについて

 

NORITAKE ノリタケ 日本陶器会社 (1937) 帝国ホテル東京 PORCELAIN SK TOKYO NIPPON とRC グリーンマーク(1912登録)

月桂樹-M印 森村ブラザーズ贈呈品

月桂樹-M印 森村ブラザーズ贈呈品

NORITAKE NIPPON (1908-1910) L. BARTH & Son, New York

NORITAKE ノリタケ 日本陶器会社

(1937)

帝国ホテル東京で使用されたマーク。

帝国ホテル東京及び、その家具・食器はFrank Lloyd Wrightがデザインを行いました。 1922年開業、1968年解体が行われました。

PORCELAIN SK TOKYO NIPPON とRC グリーンマーク(1912登録)の組み合わせ。

ティーセットのトレイから発見された物です。

 

月桂樹-M印が刻まれた、森村ブラザーズ贈呈品。

スプーンホルダー底面に貼付けられたラベルに印刷がされていました。

マゼンダのRCマークは1911年5月30日に登録された、輸出市場向けのものです。

NORITAKE NIPPON

 

(1908-1910)

 

L. BARTH & Son, New Yorkは、陶器・銀食器の有力代理店でした。

Lehigh Valley Railroadや、Shenango Co.といった、他企業が製造するホテル・レストラン向け製品を、幅広く販売していました。

月桂樹-マルキ印 ゴールド(1933年頃)日本陶器会社特製

月桂樹-マルキ印バーミリオン(1935年頃)日本陶器会社特製

第16師団 満州派遣記念・昭和11年6月・日本陶器会社 (1936年頃) 月桂樹-M印 レッド (1922年頃) 意匠登録番号19322 マルキ印 出願中(年代不明)
月桂樹-マルキ印
ゴールド(1933年頃)日本陶器会社特製月桂樹-マルキ印バーミリオン(1935年頃)日本陶器会社特製

第16師団 満州派遣記念・昭和11年6月・日本陶器会社

(1936年頃)

月桂樹-M印 レッド

(1922年頃)

意匠登録番号19322

マルキ印
出願中(年代不明)
月桂樹ーマルキ印 レッド HANDPAINTED MADE IN JAPAN 意匠登録出願中      

月桂樹ーマルキ印 レッド

HANDPAINTED MADE IN JAPAN

意匠登録出願中

     

オールドノリタケの技法

こちらでは日本を代表する高級陶磁器オールドノリタケの様々な技法について
解説していきます。

オールドノリタケの技法を知ることによりノリタケの作品を深く理解するのと同時に
いかにノリタケの技法が難しい技法を使って作られたかが分かると思います。


日本を代表する陶磁器はそれほど手の込んだ作品を残しているということですね。

 

盛上技法(盛り上げ・もりあげ)

オールドノリタケ (盛り上げ)

盛り上げというのは、オールドノリタケの中でももっとも代表的な技法となります。

立体的に陶磁器の表面を装飾する技法です。
オールドノリタケ (盛り上げ)

その技法は、日本国内だけではなく欧米でも高度な技術であると認められているほどなのです。

欧米でこの技法は「MORIAGE」として知られています。

盛り上げの中にも、さまざまな種類があります。

・凸盛り

・一陳盛り

・筆(刷毛)盛り

・貼り付け盛り(ウエッジウッド社のジャスパー技法)

というようなものです。

このさまざまな盛り上げの中で、オールドノリタケによく使われているのは、一陳盛り、そしてその他の技法との併用が多く使われています。

とても繊細で緻密に作られた盛り上げが特徴となっています。

さらにそれだけではなく、その盛り上げにジュールや色彩、金彩などで華やかに彩られた装飾美となっているのです。
オールドノリタケ (盛り上げ)
盛り上げ技法というのは、森村組時代にその製造がはじまりました。
そして盛り上げ技法は、日本の陶器時代の前半期まで製造されていたのです。
筆などを使い、泥漿を重ね塗りしたり、白生地の上にイッチンと呼ばれるチューブ状の器具を使用して泥漿を絞り出すなどする技法のことを「盛り上げ」というのです。

「盛り上げ」という名前の他に、この技法のことを「泥漿盛り」や「白盛り」という名前で呼ぶこともあります。
オールドノリタケ (盛り上げ)
艶消しの白色でこの技法を施した部分は塗られています。

この技法は、点や線を描くことにより豪華に見せることもできるのです。

図案を書く以外にも、華やかに装飾することができます。
さらに、この技法に使う泥漿には絵具などを混ぜて使用することもあります。

泥漿ではなく、ガラス分の多い絵具を使用したときは「エナメル盛り」
(注1)という名前で呼ばれます。
このエナメル盛りは、光沢がある作品へと仕上がるのです。

「ダークウッドランド」パターンには、このエナメル盛りが使用されています。

この技法で作られた作品だけを集めているコレクターもいるのです。
製品は、飾り壺、水差し、花瓶、ティーセット、蓋ものというようにさまざまな種類があります。

さらに、デザインも豊富で、動物、風景、昆虫、草花、ドラゴンというように
ファンタジーなデザインもあるのです。

1890年代から1920年代(注2)に製造されていた作品です。

裏印として使用されているのは、初期マルキ印、マルキ印(英国登録)、M-NIPPON印、メープルリーフ印などがあります。


注1:ヨーロッパのアンティークなジュエリーによくエナメルは見られます。
そのように通常は金属板のようなものに、粉末のガラスを焼き付けて装飾する技法のことをいいますが、ここではエナメル風の作品という意味となっています。

注2:M-JAPAN印などは、ドラゴン画付けの製品に見られることもあります。
そのため、1920年代頃まで製造がされていたと考えられているのです。
さらに、森村組・日本陶器ではない会社では、「エナメル盛り」技法を使った日本風な武者絵などを描いた作品が戦後も製造がされていました。
 

一陳盛り上げ

 

一陳というのは、そもそも盛り上げを書くための道具のことを言います。

この一陳という道具は、江戸時代に作られました。

作ったのは、久隅守景です。

この守景の雅号が「一陳斎」と言いますが、この雅号から名付けられたと言われています。

もともと、一陳というのは京友禅や加賀友禅というような染糊線を書くためのものだったのです。

その中に、淡い色や白などの盛り絵具を、この一陳の中に入れるのです。

それを指で押しだしたりして、面、線、点などで装飾していく技法なのです。

一陳のたいはんは、柿渋を引いた紙で、口の部分においては真鍮でできています。

デコレーションケーキを装飾するときに使われるものと、よく似ています。

現在でも、スポイド式にはなっていますが、瀬戸・多治見のほうでは使われています。

 

金盛り

オールドノリタケ 技法 金盛り
金盛りというのは、金色で盛り上げたように仕上げる技法のことです。

その方法としては、成形や焼付をしたあとの陶磁器の表面に絵付けをしたり、地色を塗ったりします。

そしてその上に、点や点線、そして絵などを一陳を使って泥漿で描きます。

それを一度焼成してから、金液を塗りかぶせていくのです。このときに使用されるのは、筆や刷毛です。
盛り上げ技法をベースにしており、その上から金彩を施す技法のことを「金彩盛り」というのです。
「金点盛り(ビーディング)」と呼ばれる技法もあり、これは連続した点飾のことをいいます。
これは、装飾用として数多くの作品に使用されている技法です。
この作風はとても豪華です。
そのため「後期製品群」(日本陶器時代後半期)においても、装飾法として応用がされています。
前期から中期にかけての金盛りは手描きでしたが、後期に入ると製品にゴム印や転写などを利用して金盛り使用して図案を描くことはほとんどなくなりました。
この技法のほとんどは、装飾を施すために使われているのです。

これが、盛り上げ技法の作品とは、少々違う点でもあります。
エナメル技法のような、ガラス分の多い絵具を使用して作られた豪華な作品には、必ず金盛りが装飾として併用されています。

さらに、青緑色の小さなジュールをまるで金点盛りのように、全体に施している作品のことをアクアビーディングという名称で呼ぶこともあるのです。
作られている製品はさまざまな種類があります。

飾り壺、水差し、花瓶、蓋もの、ティーセット、飾り皿というようなものが作られています。
1890年代から1910年代にかけて製造がされていました。
使用されている裏印は、マルキ印、メープルリーフ印、M-NIPPON印などがあります。

 

金点盛り(ビーディング)、アクアビーディング

 オールドノリタケ (金点盛り(ビーディング)、アクアビーディング)

金点盛りというのは、絵付や地色塗りをしてから、小さく点状に盛り上げで装飾していくことを言います。

緻密な作業になるので、気が遠くなるほどの大変な作業が金点盛りなのです。

職人技とも言える技法なので、現在の職人ではなかなか行うことができないほど、根気の必要な技法となっています。
オールドノリタケ (金点盛り(ビーディング)、アクアビーディング)

さらに、金点盛りはその名前のとおり、その点の上に金を塗っていかなくてはいけないのです。

水色の泥漿で点盛りしたものが欧米にありますが、それは「アクアビーディング」と呼ばれています。

なぜならそれは、水の泡のように見えるので、そう呼ばれているのです。

エナメル盛り(ジュール)

 

エナメル盛りというのは、オールド・ノリタケの金彩の仕上げとして併用して使われていた技法になります。

この技法は、作品を一層豪華に華やかに見せる仕上げることができるものとなっています。

その方法としては、金彩や金盛りの上にエナメル様の光沢があるガラス状の粒を載せていくのです。

エナメルの色絵具は、エチルカルビートという水溶性のものか、ソルベッツという油性のものも希釈剤で溶かし、粘点状に調合します。

それを、注射器のようなもので、抽出して装飾していくのです。

まるで宝石のように美しい仕上がりとなるので、欧米では「ジュール」という名前で呼ばれているのです。

 

 

 

 

ウェッジウッド風技法

英国のウェッジウッド社の代表と言えるものが、ジャスパー法を使用した作品です。

それは、カメオ状になっている型に嵌めて粘度で作った柄を貼り付けたものになります。

オールド・ノリタケにも「ウェッジウッド風」の作品があります。

ちょっと見るだけでなら、似ているようにも思えますが、オールド・ノリタケの作品は貼り付け法ではありません。

一陳や筆、竹べらなどを利用して作った盛り上げ法の一つなのです。



オールドノリタケ (ウェッジウッド)
オールドノリタケ (ウェッジウッド)

白生地を型抜きしてから貼り付け、製造する技法です。
希少品とされている製品のひとつでもあります。
英国のウェッジウッド社で作られていたジャスパーウェアを真似、そこに「盛り上げ」技法を丁寧に施している作品となっています。
作られた製品としては、コンポート、花瓶、鉢、ティーセット、蓋ものなどがあります。
1910年頃から1920年代頃に作られていました。
使用されていた裏印は、マルキ印、M−NIPPON印などがあります。
中には、日本陶器時代後期製品群に組するM−JAPANの裏印が使用された製品も製造されています。
オールドノリタケ (ウェッジウッド)
しかし、これは「盛り上げ」技法で作られたものではありませんでした。
転写画で複製したものや、手描きしたタイプ、転写した人物がを組み合わせたタイプなどで製造されています。

盛り上げ技法の中でもウェッジウッドのような「盛り上げ」だけではなく「くもの巣盛り上げ」や「泥漿盛り上げ」、「レース盛り上げ」、「ガレ風盛り上げ」というようにさまざまな作品があります。

 

ガレ風盛り上げ


フランスのガラス工芸家エミールガレの作品をイメージして作られたデザインで
コレクターの間ではガレ風と言われています。

ガレの作品には夕焼けに佇む風景の作品が多いためそのように言われるように
なったと言われてます。
オールドノリタケ ガレ風の花瓶
 

泥漿盛り上げ技法

精緻な泥漿盛上技法による飛翔龍図はドラゴン・シリーズとしてオールドノリタケの作品の中でも特に有名なシリーズです。

有名でありながら製造された商品数自体も少ないので希少品として認識されています。
オールドノリタケ 泥漿盛り上げ技法のポット
オールドノリタケ 泥漿盛り上げ技法のカップ&ソーサー
 



エッチング(腐らし)、ゴールドエッチング(金腐らし)

 オールドノリタケ (エッチング)

ノリタケには、昔から「腐らし」と呼ばれる技法があります。

これは釉を溶かして腐食させる技法です。

まず、作品の器に描かれた絵柄の中で、磁器のまま残しておきたいというものがあった場合、その場所にコールタール製の型紙を貼り付けます。

そして、塩酸、硫酸、硝酸とを混ぜた混合液であるフッ化水素の溶液の中に、決められた一定時間漬け込みます。

そうすることで、釉が溶けて腐食するのです。

しかし、コールタール製の型紙を貼り付けた部分は、腐食されることがありません。

磁器のまま残っているのです。

反対に、貼り付けていないむき出しの部分は、腐食し、艶がなくなり、窪(凹)みのような状態になります。

その場所に、金などの色を施すと、マットの色合いになるのです。

磁器のまま残った場所に、色を施すと、鮮やかでツヤのある金色となるので、その差は歴然としています。

さらに「虫喰いエッチング」と呼ばれている作品もあります。

これは、全体的に金色の輝かしい色合いをした作品なのですが、凹みの部分が虫喰いあとのような状態になっているので、そう呼ばれています。

これ以降、腐らし技法はノリタケにおいて代表的な技法となっていったのです。

腐らしが用いられているノリタケの作品は、高級洋皿の縁の部分や、大倉陶園の白磁にバラのエッチングがある花瓶などがあります。

しかし、現在では公害問題などが関係して、サンド・ブラスト法で作られています。

技法「エッチング」

エッチングという技法では、その装飾をする際に薬剤を使用します。
生地の表面を部分的に溶かし、そのことにより、表面に凹凸をつけ、デザインを表します。
さらにこの上から金彩を施す技法なのです。
日本でよく使われている名称としては「クサラシ」という言葉があります。
薄い金の板に凹凸をつけて、それを張り付けているようにも見えることから、その作品は大変豪華で華やかにも見えるのです。
特にファンシーウェアにおいては、このエッチングを装飾に施しているものが多くみられます。
図案化されたものまであるのです。
さらに、画付けだけではなく装飾としてエッチングの技法を施している製品もあります。
ディナーウェアでは、ボーダーのような製品の周囲の部分に、このエッチング技法が施されています。
しかし、金彩などと比べると、エッチングには大変手間がかかり、さらに技術的にも非常に難しいものとなっています。
そのため、エッチング技法を使われる製品は、高級品ばかりでした。
ですが、エッチングに使われる薬剤であるエッチング液は有害となっています。
そのこともあり、現在では「エッチング」技法ではなく、「サンドブラスト」技法が使われていますが、こちらもエッチング技法と同様に高級品にのみ、施されています。
エッチング技法が施されている製品は、コンポート、ティーセット、鉢、花瓶、ディナーウェアなどがあります。
1920年頃から1940年代頃に製造されています。
使用されている裏印は、ヤジロベー印、M-JAPAN印などです。
ファンシーウェアで使われている裏印は、高級品でもあるピンク色が使用されていることが多くあります。

タピストリー(布目仕上げ、つづれ織り)

 

タピストリーの特徴は、風合いが絵画のキャンパス地のようになっているところです。

まず、成形したばかりの柔らかい生素地の表面に荒い粗布のような布を貼り付けます。

そして布目に、素地の表面をつけてから焼き上げます。

焼き上げると、当然布は焼け落ちてしまいます。しかし、その作品の表面には布目がしっかりとついているのです。

こういった作品には、光沢のあるグロッシー釉や、ツヤのないマットグレース釉などを使って絵が書かれます。

この技法での作品は、数が少ないので希少価値の高い作品となっています。

技法「タペストリー」

オールドノリタケ (タペストリー)

生地に風景や花などを画付けして絵画的な演出を試みた製品のことをタペストリーといいます。
このときの生地は、柔らかい素焼き前の生地に布を押し当てたり、モールド技法を使って生地に布目模様を付けたあとに焼成することで作った素焼き生地に画付けを施すのです。
作られた製品のほとんどは、小さいサイズの花瓶となっています。
製造された数も少なく、希少品の一つとされています。
オールドノリタケ (タペストリー)
1900年頃から1910年代頃に製造されたと考えられています。
裏印に使用されているのは、ほとんどがメープルリーフ印です。
けれど、灰色の瀬戸生地を使用した初期製品の特徴的な製品が見られません。
さらに裏印のほかに、底面にはアルファベットや数字などが印刻されているので、日本陶器が設立されたあとの製品であるか、輸入された生地を使用されていたと考えられています。

モールド(石膏型にレリーフを施し、造形する技法)

  オールドノリタケ (モールド)

この技法は、まず石膏で型を作るところから始まります。

制作した石膏の器に、人物や動物、植物などの浮模様を油で捏ねた粘土で作ります。

そしてカリ石鹸などを使い、これらのような模様が入った原型を作り、石膏などで使用型を作成します。

使用型ができたら、そこに泥漿を流します。

一定の時間が立つと、4〜5ミリの厚さになった生素地が出来るのです。

その素地を800度から1100度で焼成すると、器が完成します。

完成した器に手描きで色をつけていくと、浮彫風なモールドが完成するのです。

技法「モールド」

オールドノリタケ (モールド)

モールド技法というのは、泥漿を石膏型に流し込んで生地に、立体的な浮き彫り(レリーフ)を画付けした製品のことをいいます。
轆轤を利用して作ることができない花瓶や、ポットといった製品もこのモールド技法を使って作られています。
図案デザインそのものにこの技法を使用することで、モチーフをリアルに表現することができるので、それを目的としてこの技法を応用していることもあります。
作られていた製品としては、飾り皿やハマキ入れ、灰皿、花瓶、ビアマグというように男性向けの製品が多く作られていたのが特徴でもあります。
これらの製品は、1910年代頃を中心として作られていました。
裏印にはM−NIPPONを使っているものが多く見られます。
オールドノリタケ (モールド)
しかし、日本陶器時代後期の製品群とされているM−JAPAN印も中にはあります。
ですが、このM−JAPAN印の製品は、製造された種類が限られています。
作られた製品はM−NIPPON印と同じモールド型の製品であっても、配色がよりカラフルなものへと変化しているのです。
それだけではなく、ラスター彩を使用した製品も製造されています。
マルキ印を付けられた製品が少ないので、ヨーロッパに向けて輸出されなかったのではないかと、考えられています。

絵付について

ここからは、絵付についてご紹介していきましょう。

ハンドペインティング(手描き)

 

手描きでの作品が多いことが、オールド・ノリタケが欧米でたくさんのコレクターたちを魅了し続ける理由の一つでもあるのです。

ノリタケ・ミュージアムの持つ1番古い(1895年頃)作品の1つには「西郷」と裏印された、ケーキ皿と花瓶があります。

西郷久吉が興した画工場の作品であると考えられているものです。

これは、西洋の食器と日本的な絵柄が出会ったもっとも美しい代表作とも言えるものです。

まず、金盛り上げで野の咲く花々や、蝶が描かれています。

そして地色は錦手と呼ばれる卵ぼかしなのです。

大正から昭和期にかけてのノリタケの作品には、日本の洋画界で著名だった画家たちも多く絵を書いているのです。

しかし、それらは絵画ではなく工業製品でしたので、画家のサインなどは刻まれていません。

最近では、オールド・ノリタケに興味を持ち、研究する人も増えてきています。

そのことから、こういった画家たちにも注目されるようになり、研究対象となっているのです。

転写絵付け

 

転写絵付けは、原価削減や作業効率をあげるために考え出された技法です。

この方法なら、同じ絵柄を大量に生産するので、生産性も向上します。

やり方としては、まず陶磁器用の絵具を台紙に印刷します。

次に、その紙を器に貼り付けて、模様を器に転写するのです。

すると紙だけ取り除いたときに、器に絵付けがされているという技術になります。

オールド・ノリタケで行われている転写絵付けは、転写単独ではありません。

他の技法と併用されていたり、金や銀であったり、多色であったりと、とても緻密な印刷技法が使われているのです。

転写紙が日本にもたらされたのは、明治23年(1890年)にドイツから輸入されたものが最初です。

しかし、ノリタケでは大正7年(1918年)にはすでに自社製造をスタートさせています。

ポートレート(肖像画)と転写紙

  オールドノリタケ (ポートレート)

ポートレートは、先ほどご紹介した転写紙を利用して作られた作品です。

ワインジャグや、インディアンの飾り皿などにこの転写紙が使われているのです。

いずれも、ノリタケの作品の中で評価の高い作品群となっています。

プロシアの女王マリー・ルイーズや、レカミエといった婦人像。
オールドノリタケ (ポートレート)

ワインジャグの修道僧などの作品はイギリスから輸入した転写紙を使用して作った作品だと言われています。

ヨーロッパの窯などでは、同じ転写紙を使ったと思われる作品が多く見られます。

技法「ポートレート」

オールドノリタケ (ポートレート)

石板印刷された肖像画に、金盛り技法を多用した装飾を施している高級品となっています。
この肖像画にはヨーロッパから輸入した印刷済みの転写紙を使用しています。
なぜなら、当時の日本人画工には西洋人の顔を描くというのは、大変困難なことだったからです。
印刷というと、現在では廉価品のイメージがあるのではないでしょうか。
しかし、オールドノリタケの初期製品では、非常な高級品でだけこの印刷が使用されていたのです。
印刷されていた人物としては、ジョセフィーヌ皇后、ルイーズ女王、レカミエ夫人、マリーメディチ、マリー・アントワネット、ルブラン夫人というように、転写紙を輸入していたヨーロッパで人気があり、民衆に支持されていた女性などおよそ40種類が確認されています。
他にも、男性、インディアン、僧侶というような転写紙も確認されています。
作られていた作品としては、化粧具やカップのほかに花瓶や飾り壺などが多く作られています。
1890年から1910年頃に作られていたと考えられています。
裏印には、ほとんど、メープルリーフを使用されています。
しかし、マルキ印の使用された製品が見られないことから、転写紙を輸入していたヨーロッパへは輸出されていなかったようです。

 

ダミ

 

ダミというのは、磁器の上にある模様や地色を全部塗りつぶしてしまうことを言います。

金ダミや呉須ダミなどがあります。

模様に描かれた花や葉を1つの色だけで塗りつぶすことも、ダミ様式と言うのです。

これはもともと、絵画で言う「ダミ絵」が由来だと考えられています。

ぼかし

 

このぼかしという技法は、オールド・ノリタケの中で絵付の一部として多用されています。

絵具を濃い色から薄い色へと変化させていくことを「ぼかし」と言いますが、このときに使用されるのは、筆や刷毛やスプレーなどです。

これは日本の代表的な色付けの方法でもあります。

ぼかしの種類にもさまざまあり、「ビワぼかし(黄緑色)」、「薄ぼかし」、「墨絵ぼかし」、「卵ぼかし(黄色)」、「円子ぼかし(ピンク色)」というように絵の背景や地色を付けるときに使われています。

他にも、霧吹きを使って口で吹き付ける「吹きぼかし」や明治の中頃に登場した圧搾空気を利用した「エイログラフ」というスプレーなどもあります。

マーブル(大理石風)

 

彩色の方法として「マーブル」とアメリカのコレクターたちが呼ぶものがあります。

オランダ模様で作られている「踊る農民図」は、花瓶の首部と胴にマーブル模様が描かれています。

このときの彩色に使われているのは、筆とスプレーです。

コバルト(瑠璃色)

  オールドノリタケ (コバルト)

コバルト化合物というのは、青色顔料として窯業界で多く使われています。

一般的には酸化コバルトが使われています。

その中でも特にケイ酸コバルトが鮮やかな青色になるので、オールド・ノリタケでは多く使用されているのです。

1720年頃からドイツ官立製陶所マイセンによって製陶用が作られました。

コバルト色の中でもっとも名高いのは、フランスのセーブル窯によるものです。

これは「王者の青」としてヨーロッパの王室などでも、愛されています。

オールド・ノリタケでもコバルト金彩にバラの花が描かれたような、美しい作品がたくさん作られるなどして愛好されています。

技法「コバルト」

オールドノリタケ (コバルト)

「金盛り」が装飾として使用されているこの製品は、全体的に瑠璃と呼ばれるコバルト色で覆われているものが大半となっています。
この瑠璃色の透明絵具には「金盛り」と同じように、さまざまな製品に装飾として使われています。
両食のコントラストがとても美しいのが特徴です。
オールドノリタケ (コバルト)
日本陶器後期製品群でも、装飾方法の一つとして利用されています。
作られた製品つぃては、飾り皿、鉢、水差し、花瓶、飾り壺、ティーセット、蓋ものなどが多く見られます。
1890年代から1910年代頃に作られていたと考えられています。
裏印はメープルリーフ印、M−NIPPON印、マルキ印などが使用されていました。

漆蒔き

漆蒔きというのは、上絵の地色を、むらがないように塗るための方法として使われています。

まず最初に、器に筆で漆を塗ります。

次にタンポンなどを利用して、丁寧に漆を塗っていくのです。

現在では、タンポンではなくスポンジが使われています。

漆を塗ったら、その上から粉末絵具をふりかけ、色を付ける方法です。

大倉陶園では、現在でも手作業でこの方法が使い、カップやソーサーなどを作っているのです。

金液(水金)について

 

金液というのは、オールド・ノリタケで多く使われている金彩の顔料のことです。

金の延べ棒を濃塩酸と濃硝酸を体積比で3:1で混ぜて作った溶液である王水で溶かして、液体にしたものがこれです。

ラスター彩

ラスター彩というのは、アール・デコの作品で多く使われている彩色の方法です。

ラスターは、まず金属や貴金属などを王水で溶かします。

そして、硫化バルサムを化合させるのです。

その後、樹脂酸金属化合物を生成します。

それに絵付をしやすくするために、ロジン(松脂)を加えた液で絵付する絵具の種類の一つなのです。

700度前後の低い温度で焼くことで、真珠状の虹彩や金属状の光沢などができます。

しかし、ラスター彩は、洗剤や酸、熱湯などに大変弱いのです。

これらを使ってしまうと、ラスターがはげやすくなってしまいますので、注意しなくてはいけません。

器と絵のデザイン

 

オールド・ノリタケの作品は、多種多様なデザインがあり、絵付の方法もさまざまです。

だからこそ、コレクションしていても奥が深く魅力的で、興味が尽きないものとなっています。

オールド・ノリタケの製品は大きく2つに分けることができます。

ファンシーウェアと、テーブルウェアの2つです。

ファンシーウェアというのは、花瓶や飾り皿などのことです。

テーブルウェアというのは、食器類という意味があり、ティーセットやモカ(コーヒー)セット、カップ&ソーサーにケーキ皿、パンチボールセットというような食卓の上に置かれるようなものが作られています。

最近では、それらの作品を使用した茶道の道具立てを、愛好家たちが考えているのです。

ボールやファーナーに漆の蓋を付けるなどして、水差しとして茶会をしているのだそうです。

こういったことは、新しい楽しみ方の1つとして注目がされています。

オールド・ノリタケでは、そのほかにも、ひげカップ、ドレッサーセット、葉巻入れ、灰皿というような実用的な陶磁器も多く作られているのです。

絵のデザイン

 

オールド・ノリタケでモチーフとして、多くの花が使われていますが、その花の中でも特にバラは多く使われています。

西洋の花であるバラですが、そんなバラの花を日本的な構成で施している作品は、どれも見事で美しいものです。

オールド・ノリタケは日本国内ではなく、アメリカで特に好まれたデザインを多用しています。

特に、鳥や魚、虫などを含む動物や、植物に風景などをモチーフとした絵や、オランダやインディアン、エジプト、ギリシャ、アラブなどの絵柄を付けて、アメリカ国内での輸出拡大を計っていったのです。

しかし、もちろんいわゆるジャポニズムと呼ばれる日本風の作品も、数多く作られています。

アール・デコの陶磁器

 

オールド・ノリタケでは、1922年(大正11年)から1930年(昭和5年)にかけて、アール・デコ風デザインの作品を多く作り、輸出していました。

アール・デコは、当時の機能性を重視した新しいファッションの芸術運動でありました。

このアール・デコ時代に販売した陶磁器の数は世界で1番多かったと言われています。

ですが、そのことは当のノリタケ関係者にすら、長いこと忘れられてしまっていたのです。

このことを再発見したのは、ノリタケの関係者ではなく、陶磁器の歴史について研究していたアメリカにあるワシントン州立大学(シアトル)のハワード・コトラー教授のコレクション展がきっかけでした。

このコレクション展は1982年(昭和57年)に、ワシントンD.Cのスミソニアン美術館で開催され、その翌年には日本国内で開催されました。

そののちに、ノリタケのアール・デコ陶磁器は、再び世界で高い評価を得るようになったのです。

ノリタケのデザイン帳

 

ノリタケにはデザイン帳と呼ばれるものがあります。

しかし、このデザイン帳はただデザインをメモしているためだけのものではなく、制作用見本帳であり、セールスマン用の見本帳でもあったのです。

当時、カラー印刷というものなどは存在しませんでした。

そのため、一枚一枚丁寧に絵具で手描きで書かれているのです。

現在でも、それはとても綺麗な美しいカラーで残されています。

しかし、手描きですので、その製作部数はとても少ないのです。

残念ながらノリタケの会社で使用されていた、制作用見本帳は、第二次世界大戦の際にその多くが焼失してしまったと言われています。

さらに、その当時アメリカやイギリス国内で販売するために、持ち歩かれていたセールスマン見本帳に至っては、さらにその数が少ないと言われています。

ですが、そのセールスマン見本帳を見てから発注されたと考えられる器が、時々発見されるのです。

その中でも、デザインは同じだけれど、型が違うというもの、型は同じだけれどデザインが違うというようなものも発見されています。

デザイン帳に描かれた絵と同じ絵柄が揃っているものは、10組ほど存在しています。

その作品の中には、数字や赤鉛筆などで何か書かれているものがあります。

それらは、製造番号なのではないかと考えられているのです。

制作見本帳は、本のままの状態でノリタケ・ミュージアムに展示されています。


 

デザインモチーフ「ガレ・ウッドランド」

 

コレクターたちから通称「ガレタイプ」と呼ばれるのは、フランスのガラス工芸家エミール・ガレの作品を意識しているものです。


一般的なのは、夕焼けのオレンジタイプです。

オールドノリタケ ガレ風ウッドランド

しかし、朝焼けのブルータイプも存在するのですがこちらは
なかなか見かけることは出来ませんが美しい作品となっています。

さらに、ガレ風の作品の中でも森林風景をテーマとしている作品のことをホワイトウッドランドと呼んでいます。
盛り上げ技法を使って作品を仕上げているのが、ホワイトウッドランドです。

オールドノリタケ ホワイトウッドランドのピッチャー
一方、エナメル盛りの技法を使って仕上げているのが、ダークウッドランドと呼ばれる作品です。



ダークウッドランドの花瓶
オールドノリタケ ダークウッドランド

さまざまな種類の器がありますので、このダークウッドランドだけを収集するコレクターもいるほどです。

オールドノリタケ オリエンタルチャイナの刻印

記事、デザイン、技法の全てにおいてオールドノリタケと同党の品質の商品でありながら
現代になってもオールドノリタケの裏印であるということが証明されてないバックスタンプに
オリエンタルチャイナ印があります。

今回ご紹介する商品は盛り上げの技法を使ったシュガーポットとクリーマーになります。
シュガーポットはこちらの2つの作品はともにオールドノリタケが編み出した技法の
盛り上げが使われています。

この作風はオールドノリタケの作風とも同じであり、そうすると必然的に
オールドノリタケと何かしら関係のある会社でることが分かります。

当時の乱立したたくさんの陶磁器メーカーがある中で
各工場が苦心して創案した技法・意匠が他工場に漏れることも多かったと言われてます。

森村組ではそれらが流出しないようしっかりと管理していたと思われますが
画付けの商社が、類似のデザインの製品を画付け・販売した可能性も考えられます。

未だにオリエンタルチャイナ印はオールドノリタケとして認識されていませんが
その作風と品質からほぼオールドノリタケと言っても良いでしょう。

オールドノリタケ 盛り上げ技法のシュガーポットとクリーマー
オールドノリタケ ロイヤルチャイナの刻印

・・・以上、ノリタケのバックマークを3部門に分けてお届けしました

いかがでしたか?小さなマーク一つに込められた願いや、背景にますますワクワクしてきますよね!

ひとつひとつの歴史を見つめながら製品を集めて行くと、より一段と手にする喜びが深まりますよ。

 

これから、皆さんがノリタケの食器をお手に取ってバックマークを見たとき、

多くの作家との歴史、そしてオリジナルの洗練された製造技術が刻まれていることを思い出して頂きたいです!

気になった方はこちらの記事をもう一度参考にして、再確認してみてくださいね。

ここまで、長い記事にお付き合いくださり、ありがとうございました。

 

知識がより一層深まって、これまで以上に、多くの方々に

ノリタケに対して興味が増していただけたら嬉しいです。

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