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DEGUE(デュゲ)――アールデコのガラス工芸家ダヴィッド・ゲロン

ドゥゲDegue サイン

「Degué(デュゲ)」はガラス工芸家であり実業家であるダヴィッド・ゲロン、パリのガラスアート工房ドゥゲ社(1926-1939年)の創始者である人物のサインです。
 

デュゲは偉大なガラス工芸家たち(ドーム、ミューラー、ノヴァルディ、ルグラ、シュナイダー、ミナディエ・・・)などと同じ年代に活躍した、1930年代アール・デコ様式のガラス工芸家です。
 

ダヴィッド・ゲロンはトルコ出身で外人部隊の元志願兵であり、1920年代の初めにコンピエーニュにクリスタルガラス工場を設立しました。

 

もっと豪華なガラス製品の販売活動を広げていくことを目的として、1926年に「デュゲ ガラスアート工房」をパリのマルゼルブ通りに設立します。

同時に彼は12区のパリ通り41番地に商品見本を展示するための店舗もオープンします。
 

 

ガラスアート工房の業務では、デザイナーのエドゥアルド・カゾーが数々のオリジナル作品を構想しました。
 

ダヴィッド・ゲロン自身もデュゲとサインの入ったいくつかの作品、写真(下)の花瓶などで、大胆で斬新な色彩の素晴らしさにより著名になります。
 

また特にアール・デコ様式の照明器具(主に吊り下げ式飾り鉢、フロアスタンド、シャンデリアやチューリップ型電灯のほやをプレス成形ガラスで作ったもの)は人気がありました。
 

ドゥゲDegue 花の様式 花瓶

高い品質と信頼による名声を確かなものにするため、ゲロンは技量があり才能を認められた芸術家たち、特にシャルル・シュナイダーの工房で働いていた者たちを雇い入れました。

 

この時代の優れたガラス工芸家たちの間で大きな敵対関係がありました。
 

シャルル・シュナイダー(ル・ヴェール・フランセ社)は作品のコピーをしたとしてダヴィッド・ゲロンを告訴し、裁判で争うことになりました。
 

盗作についての法廷の追及は長い訴訟となり、後に(1926-1932年)デュゲは敗訴し、この訴訟でどちらの会社も存続期間を縮めることとなりました。

 

第二次世界大戦のはじまりによりデュゲガラスアート工房は活動を中止し、ダヴィッド・ゲロンは1939年にフランスを去りました。

 

あるいくつかの作品は今日でもコレクターに非常に人気があり、特に「花の様式」(1930年代初め)と言われるものは未だに探し求められています。

コンピエーニュの工場の建物は今日もまだ存在しています。

ドゥゲDegue サイン

デュげの作品の特徴

デュゲの大部分の製品は厚い型押し成形ガラスに浮き出しのある装飾がされていることが特徴であり、同心円を描く花の構成のものが特に好まれています。
 

色付けされたものについては、その色合いははっきりとしています。

1930年代中盤に作られた花の様式のガラス作品はピンクや琥珀色、もしくは青のものが多くありました。

ドゥゲDegue ガラス作品

サイン

「Degué Compiègne(コンピエーニュのデュゲ)」や「Degué (デュゲ)」、もしくは「Gué(ゲ)」と「O」の中に記載されているのはダヴィッド・ゲロンのガラス工房で作成された製品の特徴です。

独自に着想した作品についてはすべて「Degué (デュゲ)」とサインされています。

「Degué France(デュゲ フランス)」とサインされているものについては、後にコピーされたものの可能性があります。

 

ドゥゲDegue サイン

 

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