ホーム
0
カテゴリー
グループ
コンテンツ
カート
ユーザー
絞り込む
カテゴリー
グループ
コンテンツ
  • ホーム
  • イタリアに行ったらどんなお土産いいの?おすすめ魅惑のヴェネチア土産をご紹介

イタリアに行ったらどんなお土産いいの?おすすめ魅惑のヴェネチア土産をご紹介




水の都ヴェネチア。

道路の代わりに水路が島々を結ぶ、この魅惑的な都市は世界屈指の人気を誇る観光都市です。
 
中世にはヴェネチア共和国という名前で商業の町として栄えました。

ヨーロッパ、アフリカ、中東、そして東洋から来た人と品々が行き交うヴェネチアは「アドリア海の女王」や「アドリア海の真珠」という別名で呼ばれました。
 
ここでは長い歴史を持つ都市のお土産品を紹介したいと思います。

 
 
 
 

【ヴェネチアン・マスク】

 
ヴェネチアのカーニヴァルと聞いて真っ先に浮かぶのは、きっと豪華絢爛な仮面(マスク)でしょう。
 
この伝統あるヴェネチアン・マスクはこの歴史的都市を代表するお土産品の一です。
 
ヴェネチアのカーニバル(Carnevale di Venezia)は毎年2月末から3月の初めにかけて2週間にわたり開催される祭典です。

1162年に始まったこの祭りは元々ヴェネチアの勝利を祝ったものでした。
ルネサンス期に公式のお祭りとして国中の人々に広まったと言われています。

中でも豪華絢爛な仮面の美しさを競う仮面コンテスト(La Maschera piu bella)は大人気のイベントです。
 
ではいつから仮面とヴェネチアという都市の結びつきは始まったのでしょうか?
 


実はヴェネチアでの仮面の起源やその理由は定かではありません。
 
人によっては13世紀頃にまで遡るともいわれています。
 
仮面はヴェネチア社会の中で独特なポジションを確立しました。

顔を覆う仮面はその人の身分や出身を隠してくれます。
つまり、ヴェネチアに住むありとあらゆる階級の人たちを唯一「平等」にさせてくれるアイテムだったのです。
 

1797年ナポレオンがヴェネチア共和国を滅亡に追い込むまで、この仮面の文化は生き続けました。
その後も何度か復活させようとした動きがありましたが、1980年代に入るまで、仮面はなりを潜めていました。
1980年仮面を作っていたマスク工房がヴェネチアの町中に点在するようになりました。
 
中でも人気な工房はリアルト橋の近くにあるボッテガ・デ・マスカレーリ(Bottega dei Mascareri)とドルソドゥーロにあるサマカナ(Ca’Maana)です。



 

ボッテガ・デ・マスカレーリ(Bottega dei Mascareri

1984年、セルジオとマッシモのボールドリン兄弟はリアルト橋の近くに工房を構えました。
彼らはここで100年以上の歴史を持つ仮面(マスク)を販売しました。
 
この工房の作品では宮廷の道化師やファンタジーの世界に出てくる妖精など中世ヨーロッパらしいモチーフをあしらった作品に出会えます。
このお店のドアをくぐると18世紀のヴェネチアにタイムスリップしたような気分になるでしょう。悲劇と喜劇の仮面、舞踏会のときに使われる個性豊かな仮面たちがずらりと並んでいます。


ボッテガ・マスカレーリの店内の様子。
歴史ある伝統的なマスクがずらりと並んでいます。

ボッテガ・デ・マスカレーリの店の様子 


製作途中のマスクとボッテガ・マスカレーリの職人

製作途中のマスク


 

サマカナ(Ca’Macana

1984年、ヴェネチアの仮面舞踏会が再び開催され盛り上がりを増しつつある時代にできた工房です。
当初は趣味で始まった仮面作りだったので、最初の頃は舞踏会期間中道端でフリーマーケットのような形で販売をしていました。
 
伝統的な仮面づくりを復活させるため、今日では研究を重ねた職人たちが11つ手作業で制作しています。
 


サマカナの店内も所狭しと仮面が展示されています。

サマカナの店内の様子
 

サマカナの職人が見せてくれた製作途中のマスク。

制作途中のマスク




 

【ベネチアングラス&ムラノ・ガラス】

 
こんな言葉があります。

「世界には2種類のガラスがある。
ムラノガラスとそうでないものだ。」

 


(画像はムラノガラスの中でも人気の高いミルフィオーレ)

ムラノガラスの作品1:ミルフィオーレ


何世紀にも渡り、水の都ヴェネチアの郊外にあるムラノ島はガラス細工において類稀なる発展を続けていました。
ガラスづくりが始まった頃はヴェネチア各地に工房がありましたが、1291年にムラノ島という場所に工房を集結させました。

ここで働く職人たちはヴェネチア共和国の中でその地位を確立させていったのでした。

彼らの持つ技術力は一子相伝の秘伝の技のようなものもあり、一時期その技を勝手に盗み、持ち出すことは極刑に値していたほど、ヴェネチアの人にとってガラス産業は大事なものでした。

特にムラノガラスと呼ばれるものについてはその歴史的価値と美術的価値は他を圧倒します。

ムラノガラスの特徴はその鮮やかな色合いです。鉛を含まないソーダ石灰を使っているので、コバルトやマンガンと言った鉱物を混ぜるとほかのガラスではなかなか出せない色を表現することができるのです。



ベネチアングラス・ムラノガラスの作品2:鳥の装飾付き花瓶

(台座部分に白鳥をかたどったムラノガラス)
 


また、装飾の美しさも目を見張るものがあります。
例えば吹き方や伸ばし方で自由自在に形を作り出すことができます。
高度なテクニックを持つ職人は認定を受け、マエストロと呼ばれています。
このマエストロは現在20人ほどいます。
 
この美しい工芸品を見るためにムラノ島を訪れる人は後をたちません。
また、ヴェネチア内には工房のアウトレットショップもあり観光客に人気のスポットとなっています。
ムラノガラスを購入の際は必ずオフィシャルムラノのトレードマークが入った品を購入するよう、気を付けるときっと素敵な名品との出会いがあるでしょう。

 
ここでちょこっと小話。


〜ムラノガラスと名作映画

映画『旅情』で有名になったのが赤いゴブレットです。
ヒロインのキャサリン・ヘップバーンがヴェネチアの運河が見える場所で手にする真っ赤なガラス製のゴブレットの美しさは映画を象徴するアイテムとなりました。
いまだに映画ファンはこの名作に登場するアイテムを求めるファンがいます。

 
映画『旅情』の1シーン
 

 

【ゴンドリエーレの帽子】

水の都ヴェネチアのは道路の代わりに水路が島々を繋ぐ道となっています。
その道をタクシーの如く舟(ゴンドラ)を漕いで案内してくれるゴンドラ乗りたちのことをゴンドリエーレと呼びます。
彼らが身に着けているちょっと変わった帽子は人気のお土産です。

カンカン帽に似たこの帽子は日常で被るにはちょっと目立つので恥ずかしい人もいるでしょう。
でも旅の恥はかき捨て…結局楽しんだもの勝ちです。

ゴンドリエーレの帽子
 
 
 

【ブラーノレース】

ガラスの聖地がムラノ島なのであれば、レースの聖地はブラーノ島です。

ブラーノレースの例

この島で作られたレースは歴史的に世界で最初の真のレースと言われている美術品です。
このレース産業の歴史は1500年代まで遡ることができます。

産業革命の影響でヨーロッパ全土に機械化の流れが押し寄せた時でも、ブラーノレースの職人たちは自分たちの伝統の技を守り続けました。

現在この伝統を守り続けているのがスコーラ・ディ・メルレッティ(レース職人の専門学校)です。しかし残念ながらレース職人の人数は年々減少傾向にあります。なのでヴェネチアを訪れた際はぜひブラーノレースを手に取ってみてください。
 

 

【マーブル紙】

1516世紀、水の都ヴェネチアはヨーロッパの書籍印刷の中心地でした。

この書籍印刷産業を支えたのはヴェネチア職人が編み出した新たな製本技術でした。

なんとこの製本技術の起源は日本だそうです。

シルクロードからトルコを経由してヴェネチアに届いた日本の和綴じ本はヴェネチアの商人たちが運んできたものでした。

美しい渦巻のような模様のマーブルペーパーの技術は現在のヴェネチアの職人たちに受け継がれています。

マーブル紙の柄の例(代表的なもの)
 
マーブル紙はシルクロードかた伝わった中国伝来の紙の装飾技法です。
中国では3世紀からマーブル柄の紙が登場したと記録され、日本には「墨流し」という名前で技術が伝わりました。
マーブル紙ではこの技術を「エブル(Ebru)」と呼んでいます。中国から日本やトルコを経由して伝わった技法はビザンチン芸術の最高峰であるハギア・ソフィアの壁にも使われていると言われています。

マーブル紙を表紙に使って製本した本
 
製本技術の一つとしてフランスに伝わったのは1700年代でした。この特殊な製本技術は特別扱いされており、当初は希少価値のある書類をまとめるのに使われていました。
 
マーブル紙は2種類の液体状の混ざり合わない物質を流し込み紙を染めていく技法です。2種類の色が完全に混ざり合わないように加減を見図っていく技術力が必要となります。
 
サンマルコのアンティカ・レガトリア・ピアッツェッシ(Antica Legatoria Piazzesi)は人気の高いお店です。ぜひヴェネチアのお土産として歴史あるこの紙を使った品を手に取ってください。
 
 
アンティカ・レガトリア・ピアッツェッシ(Antica Legatoria Piazzesi

店内の様子。
紙だけでなく、紙を使った様々な雑貨や文房具があります。
アンティカ・レガトリア・ピアッツェッシのディスプレイ