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  • 英国の高級陶磁器ブランド、ロイヤル・ベール(Royal Vale Bone China)ってどんなブランド?
ロイヤル・ベール・ボーンチャイナ 歴史

ロイヤル・ベール・ボーンチャイナは、かなり控えめで当たり障りのないブランドです。どうやって彼らは、陶器の歴史の中でも、最も高値の合併・買収の台風の目となったのでしょうか?
ロイヤル・ベールは、コールクロのトレードマーク的なバックスタンプで、イギリスのスタフォードシャー、ストークオントレント、ロングトンのコールクロのベールポッタリーから名付けられました。企業は、元市長であったハーバード。ジョセフ・コールクロによって設立されました。
この"Vale"のラベルは、ハーバード・コールクロが、生産拠点を移した、スタフォードシャーのロングトンにあった、ベール工場から名づけられました。

コールクロ市長は、1913年に、キング・ジョージ五世と、クイーン・メアリーがストークオントレントのロングトンに訪れた際に、大のお気に入りだったベール・ポッタリーで栄誉あるロイヤルの称号を与えられました。

コールクロは、貴族階級の物であった高級陶磁器でも中流階級の人々の需要があり、それを供給できないか考えていました。


ハーバード・コールクロ

ロイヤル・ベール・ボーンチャイナ 歴史 バックスタンプ

ハーバード・コールクロは、高級陶磁器のディナーウェアと高級陶磁器のティーウェアを初めて成功させた陶磁器企業を拡大し、成長させたあと、ロングトンのベール・ポッタリーへ移りました。
ヴィジョンは、自身を向上させたいと強く願う中流階級の人々のために、購入しやすい価格の高品質の陶磁器を作る事でした。
コールクロは、少しづつコレクションを増やしていきたい消費者のために、単品売りを行った初めての企業でした。当時、高級陶磁器は、テーブルウェアをフルセットでオーダー出来る富裕層の特権と言えるアイテムでした。
それで、H.J.コールクロの会社は、ロイヤル・ベール・ボーンチャイナを生産できるロイヤルの称号を与えられ、公的にロイヤルのバックスタンプが、彼のトレードマークであるテーブルウェアに付くことを認められました。
ロイヤルの称号は、一定の商品において、コールクロのスタンレーのバックスタンプにも認められました。
ロイヤル・ベール・ボーンチャイナのティーカップ、皿、トリオは、品質の良い物で、e-bayでも頻繁に取引が行われています。"人々のために"あるということで、多くのロイヤル・ベールの商品が中古市場に出回っており、値段もそれに反映されています。
それでは、どうやってロイヤル・ベール・ボーンチャイナのマークの不透明さは(我々現代の人間にとっては)、これほど大きな話になったのでしょうか。
ビジネスの世界、特に陶器の世界には、単純な物はありません。しかし、ロイヤル・ベール・ボーンの物語は、陶器の業界における最も大きな発起人、もしくは物事をかき回す人物が関わっているのです。近づいて見てみると、控えめなロイヤル・ベールのバックスタンプが、気をねぎ倒すような台風の目になっていることに気付くはずです。
この駆け引きは、陶器の全盛期の終わりが見え始めた1950年代に起こりました。
企業のマインドが、アート作品を引き継ぐとき、全ての事柄が間違った方向にいかないか、気を付けて観察しましょう。

では、ロイヤル・ベール・ボーンチャイナに何が起こったのか

ロイヤル・ベール・ボーンチャイナ 歴史 バックスタンプ

1920年代当時、ピアソンズは1920年代の石油とエンジニアリングを網羅した、資金力豊かなリーディング企業でした。今日では、ピアソンズはサテライトテレビ、巨大出版企業、新聞社といった全てのメディアに関わっています。石油で財を成した日々を振り返ると、彼らの初めの救済は、ブースズと呼ばれる不調の陶器企業の買収でした。 (T. G. and F. Booth)1940年に入ると、彼らの陶器に対する興味は強まり、ロングトンのコールクロを買収、そしてそれはコールクロ市長のとても価値のあるロイヤル・ベール・ボーンチャイナのバックスタンプも同じでした。

ロイヤル・ベール・ボーンチャイナは、彼らの陶磁器に対する興味はどんどん強くなっていくだろうと読んでいました。そして、この陶磁器界のスチームローラーは、1952年、イギリスの小売企業、ロウレイズを買収しました。(当時この企業は既にリッジウェイとアダリーのバックスタンプを所有しており、その企業名はリッジウェイ&アダリーLtd.でした。)リッジウェイはロイヤルの称号も得ていた、由緒ある、そして沢山の賞も受賞した企業です。1955年の1月1日、ピアソンはこれら企業の名前を"リッジウェイ,アダリー,ブースズ&コールクロ Ltd."と名付けました。そして1955年の2月28日より、リッジウェイ・ポッタリーLtd.と改名されました。
1957年、ピアソンはロイヤル・アルバート、パラゴン、そしてロイヤル・クラウン・ダービーを買収しました。真に重要人物であり、一番のイギリス陶器企業のブリーダーであります。この計測したパワフルな陶器企業のブレンドは、まとめてアライド・イングリッシュ・ポッタリーズと呼ばれました。また、批評家の一部は、未だにこのグループの事を、リッジウェイの名を中心に引用します。
1964年、更に大きな出来事が業界をかき回します。アライド・イングリッシュ・ポッタリーズは二つに分裂したのです。ブースズとコールクロ、もちろんそれに付随してロイヤル・ベールも。しかし、リッジウェイとアダリーはライバルのジョシア・ウエストウッドに売却されました。
結果として、コレクター達は、ロイヤル・ベールには、二つのはっきり異なる局面の生産、バックスタンプが存在することを気付いています。オリジナルのロイヤル・ベールは、1913年より、ロングトンのベールポッタリーで生産されているか、第二次世界大戦、及び戦後に、リッジウェイのレーベル傘下で、1964年まで生産されていました。
8年後の1972年、ピアソンは巨大ネームのロイヤルドルトンに効果的な取引を結びました。ピアソンズはアライド・イングリッシュ・ポッタリーズを、コントロール下に置いていました。現実には、彼らは全ての金銭面での実権を握っていました。しかし、新しい企業は、"ロイヤルドルトン"となりました。
結果、ロイヤルドルトンが1972年にコールクロのブランドネームを買い取った際に、ロイヤル・ベールもロイヤルドルトンに吸収されることとなりました。
もちろん、これはあべこべな話ですが、ロイヤル・ベールは、ロイヤルドルトンを買い取ったピアソンズPLCにとって不可欠な存在となりました。新しいドルトングループが、ロイヤル・ベールと共に何を行ったか、筆者はわかりません。
面白い事に、ピアソンズは陶器業界から身を引きます。1993年、他の業界で10%のマージンが得られているのに比べて、陶器業界では、5%程度しか得られなかったという結果を受けて、ロイヤルドルトンとの合併を解消しました。
何しろあなただって、地元の住宅金融組合から6%は得られるのですから!