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アンティーク食器・カップ

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アンティーク食器名鑑!陶磁器の食器やカップの様々なブランドをご紹介


こんにちは、店長の妹尾です。

アンティーク食器で優雅な気分でティータイムを過ごすことは永遠の憧れですよね。

でも、ただ可愛らしいくて煌びやかな食器で過ごすティータイムか、そのブランドの歴史背景を知っててその食器を使って過ごすティータイムは、また1ランク上の上質な時間を過ごすことが出来ます。

もし、アンティークの陶磁器の歴史背景にご興味がおありでしたら、是非こちらの記事を参考になさってくださいね。

一流メーカーの歴史について解説しております。
 

陶磁器について

アンティーク陶磁器ティーポッド

陶磁器とは素材に動物の骨灰を混ぜて作られたものです。

焼成には高温が必要なため、作成にコストが掛かります。

初めてのきちんとした陶磁器のレシピはSpode(スポード)によって、1799年に誕生しました。
 

この技術は、特にイギリスで発展しました。

ドイツ、フランス、または他のヨーロッパの国々では、動物の骨灰を使用しない、古くから伝わる伝統的な中国磁器のレシピを採用していました。
 

陶磁器は純白で、その白さは従来の磁器より際立っています。薄く半透明に形成され、耐久性は鉄鉱石や土器と比べても驚くほどです。

アンティーク陶磁器は高価で、また交渉も難しい物です。
 

1800年代後半に入り、後述するような多くのメーカーが、陶磁器の技術を学び、商品として真剣に取り組み始めるまではそうではありませんでした。

高級磁器に関してはとても慎重な、ウェッジウッドも初めは陶磁器には取り組んでいませんでした。

しかし、スポードやロッキンガムのように、先駆的な仕事に取り組むことにしました。

ロッキンガムは残念ながらうまくはいきませんでした。

アンティーク陶磁器を作っていたメーカーの多くは、残念ながら現在は存在しません。
 

ここ60年位で、マーケティング戦略をしっかりとった新しいメーカーが彼らの位置を取って代わり、現代陶磁器の時代が始まります。
 

Adderley China (アダリー)

1876年、ウィリアム・アルサガ―・アダリーによって、イギリスのストークオントレント、ロングトンに誕生したメーカーです。

その後、1950年代には、Ridgeway(リッジウェイ)の商標によるRoyal Adderleyとして知られます。
ロイヤルアダリーのカップ&ソーサーロイヤルアダリーのカップ&ソーサー2
ロイヤルアダリーのカップ&ソーサーのサイン

Aynsley China(エインズレイ)

Aynsleyは長い歴史を持つトップメーカーです。別のページをご参考ください。

エインズレイの詳細を見る

エインズレイのカップ&ソーサー&プレート
エインズレイのカップ&ソーサー&プレート2エインズレイのカップのサイン

Beswick(ベズウィック)

ベズウィックのカップ&ソーサー
ベズウィックのサイン

James W. Beswickによって、1894年、イギリスはスタフォードシャーに誕生したメーカーです。

1890年代前半、テーブルウェアだけでなくオーナメントも作成していたメーカーです。

楽隊車に取り付けられた、猫や犬のオーナメントも作成されていますが、印がないために、この時期にBezwickによって作られたものかどうか、判別が難しいのが事実です。

厳密な言えば、アンティーク陶磁器メーカーとは、1930年代にのみ陶磁器に進出したものになります。

近代のコレクターは、1930年代に新しい基盤を、高温で作成される陶磁器オーナメントによって作ったGillberd Beswick(ギルバード・ベズウィック) に注目しています。

彼のアイディアはRoyal Doultonのエレガントな陶磁器女性像のクオリティと肩を並べるほどです。

これは1947年、ルーシー・ベズウィックがベアトリクス・ポターのイラストを使って示唆しています。

Beswickは1960年代に、Royal Doultonに買収されます。

こちらの「花を持った侯爵夫人(1954−67作成)」は、当時は典型的な失敗作でしたが、今は貴重で大変人気があります。

現在の価値は2,000ポンドと言われ、これらのアイテムは将来的なアンティーク陶磁器となります。

 

Coalport(コールポート)

コールポート(coalport)のカップ&ソーサーコールポート(coalport)のカップ&ソーサーのサイン

Coalportはイギリスのトップ陶磁器メーカーです。
それゆえ、別のページを参考して頂ければと思います。

コールポートを詳しく見る

Colclough Bone China(コールクロ)

コールクロのカップ&ソーサーコールクロのカップ&ソーサーのサイン

Colcloughは長い歴史を持つメーカーです。

Royal StanleyがColcloughの裏印を使用しています。

また、Royal ValeはH J Colclough Chinaの裏印を使用しています。

こちらのページに詳しく解説しております。
 

Copeland(コープランド)

コープランドのカップ&ソーサーコープランドのカップ&ソーサーのサイン

CopelandについてはSpodeをご参考ください。
 

Crown Staffordshire(クラウンスタフォードシャー)

クラウンスタフォードシャーのティーセットクラウンスタフォードシャーのサイン

イギリスはStafforedshireでトーマス・フォードによって1790年に設立されました。

Crown Staffsの正確な設立日は諸説により変わります。

1790年にはトーマス・フォード・ジュニアは、バーリー陶器工場の従業員だったとの記録があります。

しかし、1795年の秋に、公式に自身のChurchill Worksチャーチル・ワークスを立ち上げています。

それは後にCrown Staffordshireと呼ばれ、1800年の初めにフェントンの有名なミネルヴァ工場(1950年代までCrown Staffordshireが経営していた)でハイクウォリティな品を生産し始めました。

裏印と、ミネルヴァ社の玄関飾りによると、創設日は1801年となっています。

しかしながら、”Green"名義による取引に見せかけて、Crown Staffordshire自体は1897年に初めて使用されています。

多くの資料が残るRoyal Crown Derbyと異なり、こちらは、”Crown"を取引で正式に使用したとわかる、顧客の参照番号などが見つかりません。

もし、何か情報をお持ちでしたら、是非ご一報くださいませ。

さて、陶器の生産から始まったこちらのメーカーですが、1933年、フェントンのミネルヴァの専門工場で陶磁器の生産を始めます。

ですので、正式には、こちらは「陶磁器メーカー」とは呼べないのですが、そこに加わることが出来る重要なメーカーの一つです。

1973年に、ブランドはウェッジウッドグループに買収されますが、グリーン一家はその後もミネルヴァ工場で、200人以上の装飾家を雇って活動しました。

ウェッジウッドは1985年にCrown Staffordshireの名前を使用するのを止めますが、ブランド自体は所有しています。

ここで47年に渡り務めたジャック・ジョーンズは、最も優れた食器デザイナーとして、度々名前が挙がります。

今日では、彼の鳥の彫刻の数々(大きなオウムから小さなミソサザイまで)がコレクターから愛されています。

彼がブランド価値をあげ、ブランドにコレクター内での高い地位を与えたのは間違いありません。

ブランドはもう生産を行っていませんが、それでも尚、長い歴史を持ち、派生的な市場に価値を与えているのは事実です。

Devanport(ダベンポート)

ダベンポートのカップ&ソーサー&プレートダベンポートのカップのサイン

イギリス、スタフォードシャーで1793年、ジョン・デヴァンポートによって設立されました。

ジョン・デヴァンポートは1815年に上質の陶磁器商品の生産を始めました。

アンティーク陶磁器コレクター内では、重要な人物の一人です。それ以前は陶器の食器などを生産していました。

1887年にCoalportに買収されるまでは、家族で経営していました。

Devanportの作品は、今ではとても入手困難なアイテムです。

Delfine(デルフィーン)

DelfineはHudson&Middleton(ハドソン&ミドルトン)の裏印・商標のメーカーです。
ミドルトン工場のブランドです。

Delfineは、ノリタケでも使用され、Royal Doultonも小さな像のコレクションでは、Delfineの名前を使用します。

Grafton もしくは Royal Grafton(グラフトン)

グラフトン(Grafton)のカップ&ソーサーグラフトン(Grafton)のカップのサイン

Grafton、もしくはRayal Graftonは、アンティーク陶磁器メーカーの商標です。
他で詳しく記述がありますので参考になさってください。

Grimwades(グリムウェイズ)

Royal Wintonの記述をご参考になさってください。
グリムウェイズのカップ&ソーサー
グリムウェイズのサイン

Hudson&Middeleton(ハドソン&ミドルトン)

ハドソン&ミドルトン

イギリス、スタフォードシャーで、1870年、ウィリアム・ハドソンとJ.H.ミドルトンによって設立されました。

1870年から19年間は、2人は共に仕事をしていました。

その後会社は52年間、二つに分かれ、ミドルトンはDelfineの製品を作成し、ハドソンSutherlandサザーランドの食器を作成しました。

ハドソンの仕事は、今では歴史的に貴重な建物として、ロングトンとストークオントレントに指定されているサザーランド工場にちなんで命名されています。

時々、”Royal”のタグが製品に付いて”Royal Sutherland"となっていることがありますが、正式な許可を得たものかはわかりません。

”Delphine"はノリタケの製品のバックスタンプとしても使用されることがあるため、この二つで混乱しないようにしましょう。

”Delphine"は、Royal Doultonの女性像でも見られますが、ここに繋がりはありません。

Hudson and Middeletonは、古くからある企業でウェッジウッドもしくはドールトングループに買収されなかった、数少ない中の一つです。

今日、私たちが知るこの企業は、子孫により1941年に形成されたものになります。

最近では、実入りの良い日本市場に参入し、陶磁器マグカップや、ティーウェアが良く知られています。

企業は、新星というべきDunoon Bone Chinaダヌーンや、他のアンティーク陶磁器でおなじみの企業などとの競争を強いられています。

HudsonとMiddeletonの両方の子孫であるヘレン・グレゴリーが記事を書いていらっしゃり、更に深い知識を得る事が出来ます。

Knowles Taylor Knowles(ノウルズ・テイラー・ノウルズ)

ノウルズテイラー

Knowles Taylor Knowlesは1854年に、アメリカはオハイオでアイザック・ノウルズによって設立されました。瀬戸物の街(またはアメリカのストローク・オン・トレント)として知られるオハイオのイースト・リバプールを拠点としたメーカーで、天然ガスを窯で使った初めての工場と言われています。アイザック・ノウルズは1870年にプルダウンもしくはジガ―を発明し、それまで全て手作業で行っていた器の製造においては、革命的でした。彼の革新はそれにとどまらず、自身のデザイナーチーム、デコレーターチームを雇った初めてのメーカーでもあります。

1880年代には、イギリスの陶磁器工場を引き受けるという大きな決断を下します。その後、その結果として、Knowles Taylor Knowlesはアメリカで一番のアンティーク陶磁器を製作したと高く評価されています。

特に蓮の器は、様々な賞を受賞しました。注目を集める発言で、Knowles Taylor Knowlesは、見くびったヨーロッパのライバルたちに指を突き付けていました。

しかしながら、彼らはまた”失われたリーダー”のコンセプトも作り上げました。蓮の器で多くの利益を失ったからです。しかし、そういった事も含め長い目で見れば、Knowles Taylor Knowlesの名前を作り上げたと言えましょう。

皮肉な事に、彼らが名声の中で高める評価を操ることが出来たのは、H.シュミッドとJ.プールという二人のヨーロッパ出身者の助けと共にでした。悲しいことに、世界大恐慌のため1931年に企業は歴史の幕を下ろします。

Lenox Tableware(レノックス・テーブルウェア)

レノックス UCHANAN ブキャナン カップ&ソーサーレノックスのサイン

LENOX(レノックス)社は、アメリカで1889年に創業された老舗陶器ブランドで、アメリカ大統領官邸「ホワイト・ハウス」の公式晩餐会でも使用されているメーカーとして有名です。

柔らかな象牙色の質感を活かした上品な仕上がりが美しく、世界中のセレブにも愛用されております。

Minton Bone China(ミントン)

ミントンのカップ&ソーサーミントンのカップのサイン

Minton Bone Chinaの歴史については、こちらのページでご紹介しております。

Masons Ironstone(メイソン アイロンストーン)

メイソン アイロンストーンのティーセット
メイソン アイロンストーンのサイン

1796年、イギリス・スタフォードシャーでマイルズ・メイソンにより設立されました。

現在では、硬質陶器とアンティーク陶磁器の両方で彼のオリエンタルなデザインが有名ですが、1813年に硬質陶器において、特許を取得しています。

丈夫で磁器ではない硬質陶器で有名なメーカーではありますが、アンティーク陶磁器でもよく知られた存在ですので、こちらのリストでご紹介します。

丈夫な鉄鋼製品で有名ではありましたが、彼は強くてかつ装飾性のある代替品を、デザイン性の高く大きな花瓶のために探していました。彼の花瓶のいくつかには3フィートを超えるものもあります。また、通常これらには沢山のレリーフと、22カラットのゴールドも施されています。

メイソンは遺産相続権のある女性との結婚も含めて、運が良かったと言えます。彼にはまた、愚かな人々がするようにそのお金を無駄遣いせず、上手に活用する面でも才能がありました。まず、彼は中国製陶磁器の輸入業で成功します。そして、生活必需品が底を付きかけた時、彼は自分のために自分でそれを作ろうと決め、それも大成功しました。

この有名な縁起の良い陶磁器と硬質陶器のブランドは、現在はウェッジウッドグループの一員です。

Paragon china(パラゴン)

パラゴンのカップ&ソーサーパラゴンのカップのサイン

Paragon chinaについてはこちらの記事を参考にしてください。

Ridgway pottery(リッジウェイ)

リッジウェイのカップ&ソーサーリッジウェイのカップのサイン

リッジウェイは後のcauldon社に繋がる英国の名窯です。

Rockingham(ロッキンガム)

ロッキンガムのカップ&ソーサーロッキンガムのサイン

Rockinghamは1745年、イギリスのヨークシャーでジョセフ・フリントによって設立されました。イギリス・ヨークシャーの南部、スウィントンを拠点とする、稀な企業でした。

商品が良すぎる、と言える場合もあるかもしれません。それが、ロッキンガムのアンティーク陶磁器の運命でしょう。

企業は生き残りませんでした。フィッツウィリアム伯爵の古いゴールドの投資以外には、完璧主義者を自己寛容の底から引っ張り上げてくれる勇者は存在しませんでした。消費は惜しまず、豪華さは捨てれませんでした。

1842年、製造は中止されますが、その希少性とクオリティはコレクターを魅了しています。唯一の批判は、アンティーク陶磁器の形のデザインが、想像力に欠けている事くらいです。

アンティーク陶磁器の製造は1825年辺りから始まりました。粘土素地は最高品質で、色合いは濃いクリームホワイトでした。

静物が題材にされ、景観のある高度な装飾が施されたデザート食器セットはロッキンガムの特産品となりました。また、これらには全て特徴的なGriffinの紋章が印されています。

現在では、例えばネットオークションなどでも、本物のロッキンガムの商品を見つけ出せるのは、非常に稀で、ほぼ不可能に近いことです。

最近ですと、擦り切れ・割れ目のある傷物のクリームと砂糖入れが、110ドルの値が付けられていました。本物のアンティーク・ロッキンガムと、そのトリビュートとして別の企業によって作られたものと混乱しないようにしましょう。

例えば、Paragonは、Spodeとして、Rockinghamという有名な柄の食器を作っています。

Rosenthal(ローザンタール)

ローゼンタールのカップ&ソーサーローゼンタールのカップのサイン

ヨーロッパを代表する大人気のローゼンタールは設立当初は、ドイツ南部のエアースロイト城に絵付け工房が作られました。

その後アートのある暮らしをコンセプトに芸術性の高い商品を数多く生産し続けている今でも現存する会社で設立は1879年になります。


非常に貴重なコレクションアイテムとしてキャビネットをより一層、美しくそして華やかにしてくれるお品でございます。 
 

Royal Adderly(ロイヤル・アダリー)

ロイヤル・アダリーのカップ&ソーサーロイヤル・アダリーのカップのサイン

1876年、イギリスのロングトン、ストークオントレントで、ウィリアム・アルサガー・アダリーによって創設されました。

元々、企業はWilliam Alsager Adderly&Co'と呼ばれ、刻印には”W A A"もしくは"W A A &Co"が使われていました。

まだ調査中ですが、ロイヤルライセンスから後々Royal Adderlyとして知られる事になったと推測されます。

後に、メーカーはロウレイズ・リテール・チェーンに吸収されました。

ロウレイズ・リテール・チェーンは現在では出版・メディア業界で有名な巨大企業グループのピアソンに買収されました。

子会社となったメーカーは1950年代には、有名な歴史ある器メーカーのRidgwayリッジウェイと提携し、Ridgway&Adderlyとして知られました。

1964年にピアソンはRidgway&Adderlyをウェッジウッドグループに売却し、そこからこの二つのメーカーの名前は徐々に影を潜めていきました。

ピアソンはその後ドールトンと提携するので、AdderlyはDoultonグループにはならなかったはずです。

Royal Adderlyはしばしば手作業で作られた花の陳列を思い出されますが、実はティーセットから水差しまで、かなり幅広い陶磁器アイテムを生産しています。

Ridgewayと提携する前の1950年代以前は、企業はAdderly(floral)として知られていました。


例えば、1930年代のティーセットには、

Adderly(王冠のロゴ)FLORAL(花のロゴ)Bone China Made in England

と茶色のインクで刻印されています。

”Royal”は恐らく、1950年代にRidgewayと提携したことから来たと推測されます。(Ridgewayはいくつかの認可とライセンスを授かっています。)

50年代、ある人が普通のAdderlyマークの壊れたティーカップの商品交換を希望したところ、その交換商品(物自体は同じ物)が突然”Royal”のバックスタンプ付きに進化した、という逸話があります。

1912年から1926年の花が陳列された食器には、

Vの逆さのマークが王冠のロゴに掛かっている

Vの中にAdderlyのロゴ

そして、Englandと、赤いナンバーのバックスタンプが施されている場合が多いです。

Royal Albert(ロイヤル・アルバート)

Royal Albert Bone China Englandについては、別のページをご参考ください。

Royal Crown Derby(ロイヤルクラウンダービ)

ロイヤルクラウンダービーのカップ&ソーサーロイヤルクラウンダービーのカップのサイン

1745年、イギリスのダービーで、 アンドリュー・プランシェ、ウィリアム・デューズベリー、そして ジョン・ヒースによって設立されました。

プランシェはマイセンの地元でもあるサクソニーからの移民でした。ウィリアム・デューズベリーとジョン・ヒースとの合併から、Derbyの伝統が始まりました。

デューズベリーは原動力として邁進しました。当時のトップアーティスト達と仕事をし、チェルシーの有名な工場を手に入れました。

1784年、ロンドン・ワークスの計画が廃止になり、沢山の人員と機材がダービーに移ってきました。1773年、キング・ジョージより、陶器にRoyal Crownを使用する認可をもらいます。

1890年には、クイーン・ビクトリアが、献上品として認可し、君主たちは支援を続けています。

この企業は、かなり早い段階から存在した陶器のパイオニア企業で、陶磁器の誕生の50年以上も前から始まっています。

彼らは新しい素材を嬉々として発表し、彼らの伊万里柄は、世界的にもアンティーク陶磁器のクラシックの一つです。

市場の合併が相次いだ後の1960年代、Royal Crown DerbyはRoyal Doultonの傘下となりました、しかしながら、2000年、ヒュー・ギブソンを中心とした人々が、Royal Crown Derbyを今一度、繁栄した独立メーカーとして再構築しようと買い戻しました。

彼らのオーダーブックは非常に充実しています。彼らの元にあるかぎりメーカーは存続していくでしょう。

Royal Doulton(ロイヤル・ドルトン)

ロイヤルドルトンのカップ&ソーサー
ロイヤルドルトンのサイン

Royal Doultonについてはこちらの記事で解説しています。
 

Royal Stanley(ロイヤル・スタンレー)

Royal StanleyのバックスタンプはColcloughです。また、別のページでも解説しています。

Royal Sutherland(ロイヤル・サザーランド)

The Royal Suthrlandのバックスタンプは、Hudson & Middletonの一部です。先に述べておりますHudson & Middletonの項をご参考ください。

Royal Winton(ロイヤル・ウィントン)

ロイヤル・ウィントン

1885年、イギリスのスタフォードシャーで、 レオナルド L. グリムウェイドによって設立されました。

Wintonは常にアンティーク陶磁器、そして更紗と同義語として扱われます。同じく陶器職人であった兄のシドニーと共に、グリムウェイド兄弟を中心とする団体を連合しました。

レオナルドは多くの技術開発の陰で原動力として活躍しました。例えば、リトグラフプリントの移行や、回転炉などです。

新しいテクノロジーが、彼らの独自の、そしてアンティーク陶磁器のクラシックである更紗柄の開発を可能にしました。(花が敷き詰められたデザインの事で、1928年のマルガリータは初めての更紗柄です。)1913年にジョージ5世が窯元を訪れ、ウィントンのティーセットを購入しました。

Grimwadeは1929年に名前をRoyal Wintonに変更しました。メーカーは1960年代にWintonの製造を止めました。新しいオーナーの元で、1997年、およそ40年もの時を経て、あらゆる面で認められるRoyal Winton Chintz(更紗)が発表されました。

新しいオーナーはまた、 ‘Duchess’ ダッチェスと ‘Royal Creamware’ロイヤル・クリームウェアも所有しています。

Spode(Copeland) スポード(コープランド)

スポードのカップ&ソーサー
スポードのサイン

1761年、イギリスのスタフォードシャーでジョシア・スポードによって設立されました。

父親が貧困者のための墓に埋められる姿は、六歳だった ジョシアに強烈な印象を残したに違いありません。
ひょっとすると、これが生き残っただけではなく、その後の息子 ジョシア・スポード二世が、1799年に陶磁器を開発するという最高の光栄にたどり着くまで続いた成功を可能にした企業を構成した原動力だったかもしれません。

アンティーク陶磁器とはこの日以降の物です。

すなわち、これより以前に作られたアンティーク陶磁器は存在しません。

もし、それより以前に作られたアンティーク陶磁器を見つけたら、手元に置いておいてください。間違いなくとても価値のあるものになります。

初期のSpodeの陶器は、繊細なクリーム色の土器である、クリームウェアと呼ばれていて、アンティーク陶磁器とは全く違う物でした。
そして、その後パールウェアへと進みます。

高品質の白い光沢のある土器で、しばしば青の転写プリントが施されます。Spodeの作品はその時代の他のメーカーの物とは違うもので、非の打ち所がないと言われていました。

貫入がなく、色がはがれず、金箔の輝きも持ちました。

スポード2

Spodeは疑いようもなく、19世紀のストークで、陶器工場の最高地点にありました。

1883年に、企業はCopeland & Garrett(コープランド&ガレット)となりました。

Spodeの成功が進んだ陰には、ウィリアム・テイラー・コープランド(1797~1868)の存在がありました。
彼はSpode Potteryのビジネスパートナーの地位を父(同じくWilliam Copeland)から譲り受けました。

コープランドのカップ&ソーサーコープランドのサイン

エネルギッシュな彼は、起業家、国会議員、慈善家、そしてロンドン市長でもありました。

1886年、彼は王位継承者であったウェールズの王子への陶器商品として任命されました。

彼はSpodeファミリーの所有権を買い取り、最終的には、Spode Chinaの名の付くもの全てのオーナーとなりました。

今日、Spode自体は、Royal Worcester(ロイヤル・ウースター)と肩を並べるほどの知名度であり、共に高品質の陶磁器界では、巨大グループWedgwoodのUK内唯一のライバルです。

Stanley Bone China(スタンレー)

STANLEY(スタンレー)ボーンチャイナのカップ&ソーサー STANLEY(スタンレー)ボーンチャイナのカップ&ソーサー のサイン

Royal Stanleyのバックスタンプについての詳しい情報は、別ページで解説しております。StanleyはColcloughのバックスタンプです。

Sutherland もしくは Royal Sutherland(サザーランド)

先述しておりますHudson & Middletonの項をご参考ください。
サザーランドの伊万里紋様のカップ&ソーサーサザーランドのカップ&ソーサーのサイン

Tuscan(トスカナ)

Tuscan Tablewareのページで解説しております。

Tuscan(トスカナ)のカップ&ソーサーTuscan(トスカナ)のカップ&ソーサーのサイン

Villeroy & Boch(ヴィレロイ&ボシュ)

ヴィレロイ

1748年、フランス、Audun-le-Ticheでフランソワ・ボシュによって設立されました。

とても歴史のあるヨーロッパのメーカー、Villeroy & Bochですが、高品質の陶磁器造りにおいては、イギリスのメーカーのように長い歴史を持ちません。ヨーロッパ大陸の十八番と言えば、もちろん硬磁器。しかしながら、例えばRosenthalローザンタールの陶磁器などは、近代のVilleroy & Bochコレクションの重要な一部となっています。

この企業についてのほとんど全ては、本社が格好良い、これにつきるでしょう。1809年より、旧ベネディクト修道院に収容されていました。格好良さについて説明できるならば、それは工場が8世紀に渡っても今なお動いていることでしょう。是非、Audun Chasseアウドゥン・シャッセの柄を写真で見てみてください。それは他のAudun柄と合わさる、もしくは適合するでしょう。

もし貴方が私が何かを売りつけようとしてるとお思いなら、それは違います。ただただ、この企業の長い長い歴史に感服しているだけです。この企業の現マーケティングディレクターが、何故ウェッジウッドグループは巨大化したのかについて記事を書いておられます。

Wedge Wood(ウェッジウッド)

皆さまご存知のウェッジウッドについては、別のページをご参考ください。

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