ギャレット gallet

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      最高峰クロノグラフ腕時計ギャレット(Gallet)の歴史


      ギャレット


      1466年に設立され500年以上の歴史を誇るスイスの時計メーカー、ギャレット(Gallet)。

      この世界最古の時計メーカーは、「マスター・オブ・クロノグラフ」と称されるクロノグラフのパイオニアです。

      ギャレットの革新的で専門性の高い時計は、多くの政府機関、軍隊、いろいろな分野の専門家に愛用されてきました。

      軍との契約により大量生産された時計もありますが、ギャレットの時計は数が少なく価値の高いモデルが多く、他社に真似のできない高い技術を誇っています。


       世界最古時計ブランドの始まり

      ギャレット


      1466年、フンベルトゥス・ギャレットという時計職人がスイス・ジュネーブの住民となるところから、ギャレットの歴史が始まります。

      その後1685年、フランス東部のブール=カン=ブレスという街で金細工・時計職人をしていた親戚がジュネーブに移り、フンベルトゥスのビジネスに加わりました。

      1702年の時点でジュネーブに登録されていた宝石・時計職人の名簿を見ると、フィリップ・ギャレット、ジャック・ギャレット、マリー・ブービエ・ギャレットの名前がありました。

      さらに、フィリップ・ギャレットの息子ピエールが1742年に結婚した時の結婚登録証によると、ピエールの職業は金細工職人、父フィリップの職業は金細工・時計職人と記されていました。

      そのことからも、ギャレット一家が時計製造業を営んでいたことがわかります。

      ピエールの息子ジャックも家族の伝統を継ぎ、宝石・時計職人になりました。


      1800年代から1900年代

      ギャレット エレクタ


      ジャックの息子ジェーン=ルイスが父親の商売を継ぎ、その後1826年にジェーンの息子ジュリアンが本拠地を懐中時計製造の中心地、スイスのラ・ショー=ド=フォンに移しました。

      その時に「Gallet & Co」として正式に登録、ギャレットという社名が誕生します。

      1848年にジュリアンが死去すると、妻のルイーズ、2人の息子レオンとルシアンが経営を継ぎました。

      1855年にはエレクタ・ブランドの時計を製造していたグランバッハ社を買収、社名を「Electa Gallet & Co」に改めます。

      そして1864年にはアメリカに進出します。

      1883年にレオンの息子ジュリアンが会社を受け継ぎ、社名を「Julien Gallet & Co」としました。

      この頃までに、ギャレットは年間10万個の時計を製造するほどの会社に成長していました。


      1895年:最初の腕時計

      ギャレット カタログ表紙


      1895年、ギャレットは腕時計を開発し、ユニセックスの腕時計としてアメリカ市場に投入しました。

      しかし男性からはデザインが女性っぽいと敬遠され、女性が腕時計を身につける習慣もなく、大量に売れ残る結果となります。

      散々なスタートを切った腕時計でしたが、後に第一次世界大戦が始まると便利な道具として兵士に配給されるようになり、他社もこぞって腕時計を製造するようになりました。


      1896年:鉄道用懐中時計

      ギャレット インターオーシャン


      クロノメーター・ムーブメントと特許済みのレギュレーターを搭載した鉄道用の懐中時計が開発され、インターオーシャンというブランド名で発表されました。

      さらに同年、ギャレットはジュネーブで開かれたスイス・ナショナル・エキシビジョンで銀メダルに選ばれました。


      1899年:国際時計博物館

      ギャレット 国立時計博物館


      レオンがこの世を去り、遺言に従って4万3000スイスフラン(現在の価値に直すと約1億円)をラ・ショー=ド=フォンに寄付、そのうち2万5000スイスフランが国際時計博物館建設に役立てられました。

      翌年、社名が「Gallet & Co」に戻されました。


      1912年:スイープセコンド付き腕時計


      ギャレットは、秒針が止まることなく動き続けるてスイープセコンドを開発。

      この機能は脈拍を測る時など「秒」が重要となる作業に役立ち、第一次世界大戦が始まると、スイープセコンド付きの腕時計は軍医や従軍看護婦に配給されるようになりました。


      1914年:マルチクロン30

      ギャレット マルチクロン30


      第一次世界大戦中、ギャレットは世界初のクロノグラフ腕時計「マルチクロン30」をイギリス軍向けに開発します。

      30分積算計と2つのサブダイアルを備えたマルチクロン30は、伝統的な懐中時計に比べてかなりコンパクトになりました。

      サイズは小さくなっても、3つの部品で構成されるケース、エナメル処理された陶器製ダイアル、3時方向の大きな竜頭などの特徴は、懐中時計から引き継がれました。

      初期のマルチクロン30にはサイズ13リーニュ(約29mm)のバルジュームーブメントが搭載され、後にヴィーナスのキャリバー150に変更されました。

      その後、45分積算計付きの自社ムーブメント、エクセルシオパーク・クロノグラフを搭載したマルチクロン45が主流となっていきました。


      1918年:エクセルシオパークの設立

      ギャレット レギュレーター


      スイス・ジュラ渓谷のサン・ティミエに時計工房を構えていたヘンリ・ジャヌレ=ブレームがエクセルシオパークを設立します。

      この社名は、ヘンリが商標登録していた「エクセルシオ」という名前と英語の「パーク」を合わせたもので、英語圏の顧客を意識したネーミングでした。

      エクセルシオパークとギャレットはキャリバー40など数多くのムーブメントを共同開発します。

      そのムーブメントの大部分はギャレットとエクセルシオパークに納められ、工場に余裕のある時だけゼニスとジラール・ペルゴにも提供されました。

      ギャレット デュオダイアル


      1927年になるとギャレットは「レギュレーター」や「デュオ・ダイアル」という時計を医療・技術専門家向けに開発。

      「デュオ・ダイアル」の長方形ダイアル内に配置された大きめのスモールセコンドや、「レギュレーター」のスウィープセコンドは、特に脈拍計測に役立てられました。


      世界大恐慌と第二次世界大戦

      ギャレット クラムシェル


      1929年に世界大恐慌が始まりますが、ギャレットは軍隊や専門家向けのツールウォッチを作り続け、大きな影響を避けることができました。

      第二次世界大戦直前の1935年になると、ギャレットはイギリス軍、カナダ軍、アメリカ軍向けに、腕時計、8日間巻き上げ不要のボート用時計、軍用ストップウォッチなどを供給、軍需が大幅に伸び、戦争が始まるまでには年間生産数が再び10万個を超えるようになりました。

      1936年、ギャレットは世界初の完全防水クロノグラフ・クラムシェルを開発。

      2つのパーツからなる圧縮ケースがムーブメントを水のダメージから守るこの新しい構造は、マルチクロン・ラインすべてのモデルに標準装備されました。


      1938年:フライト・オフィサー・クロノグラフ

      ギャレット フライトオフィサー


      後の第33代アメリカ大統領トルーマン(当時は上院議員)の要請により、ギャレットはアメリカ空軍パイロット向けのクロノグラフ、フライト・オフィサー・クロノグラフを開発します。

      このクロノグラフは、経過時間の記録とタイムゾーン計算を同時に行える世界初の時計でした。

      詳しく言うと、5分の1秒から30分まで正確に時間を記録できる機能、そして、経度を越えて違うタイムゾーンに入った時に、12時間回転式ベゼルとダイアルに書かれた主要都市名を使って時間を計算する機能が付いていたのです。

      トルーマンは大統領就任中もこのクロノグラフを使い続けていたと言われています。


      1939年:マルチクロン・プチ

      ギャレット プチ


      第二次世界大戦中、技術・科学分野の任務についていた女性士官のために、マルチクロン・プチが開発されました。

      フランス語で「小さい」を意味するプチは、その名の通り世界最小の機械式クロノグラフです。

      サイズ10リーニュ(約22.5mm)のバルジュー69が搭載され、ケースサイズはたったの26.6mmに抑えられています。

      当時はまだ「男性と同等の仕事をする女性」に対する世間の目は厳しかったことからプチはごく少数しか製造されておらず、コレクターの間では特に価値の高い希少な時計として知られています。

      第二次世界大戦が終わると、ギャレットは軍事向けから一般/スポーツ・医療関係/民間飛行士向けへと大きく舵を取りました。


      1965年:Excel-O-Graph

      ギャレット excel-o-graph


      ギャレットはパイロットウォッチ、Excel-O-Graphを発表しました。

      このクロノグラフの回転ベゼルには計算尺が取り付けられ、飛行中でも航路計算が可能でした。

      1970年代になるとクオーツショックが押し寄せますが、ギャレットの時計は流行に関係のない専門家向けの機械式時計が主流だったため、最小限度の影響しか受けませんでした。

      しかし1983年にエクセルシオパークが倒産、ギャレットはエクセルシオパークの顧客にメンテナンスサービスを提供し続けるため、残りの在庫をすべて引き取りました。



      マラソン・ブランド

      ギャレット マラソン


      1984年、ギャレットはカナダの時計販売会社ワイン・ブラザーズと契約を結びアメリカ政府向けの頑丈な腕時計を開発、ギャレットが以前使用していた「マラソン」という名前が付けられました。

      1990年、ギャレットはアメリカ軍が湾岸戦争の「砂漠の嵐作戦」に使用したマラソン・ナビタイマー3万個を供給します。

      納入に先立ち行われた試作品テストで、マラソン・ナビタイマーはアメリカ政府の厳しい基準をクリア、過酷な戦闘条件下でも正確性と機能性が失われないことを証明しました。

      ワイン・ブラザーズはマラソン・ウォッチ・カンパニーに名前を変え、現在もマラソン・ブランドの軍用時計を取り扱っています。


      2002年:工場の移転


      ギャレットはラ・ショー=ド=フォンからスイス・ヴォー州にあるグランソンに工場を移転しました。

      グランソンはジュネーブから1時間ほど離れた小さな街です。


      2010年:フライト・オフィサー・クロノグラフ・国立時計博物館バージョン

      ギャレット 国立時計博物館バージョン


      アメリカ・ペンシルバニア州コロンビアにある国立時計博物館と提携して、1050個限定のフライト・オフィサー・クロノグラフ・ミュージアム・ディションを発表しました。

      このクロノグラフにはナンバリングが施され、ステンレススチール、18金レッドゴールド、プラチナの3モデルがあり、購入者には国立時計収集家協会(NAWCC)の特別会員権も与えられました。

      このミュージアム・エディションは、現代で最も正確で高い技術を誇る「21世紀最高峰のパイロットウォッチ」だと言われています。



      ギャレット マルチクロン オフィサー


      ギャレットは現在もスイスに生産拠点を構える数少ない時計メーカーの1つです。

      ほとんどの時計メーカーが部品供給を他社に頼る中、ギャレットはいまだに自社でほぼ全ての部品を開発・製造しています。

      超有名ではなくてもクロノグラフの発展において重要な役割を果たしてきたギャレットは、これからもパイオニアの精神を忘れずに、最高の「オート・オルロジュリ(高級時計)」を世に出し続けていくでしょう。