春を告げる花を、職人の手で彫り出す
1900年代初頭、フランス・ロレーヌ地方の古都ナンシーは、自然を芸術の師と仰ぐ「アール・ヌーヴォー」の聖地として、多くの工芸家たちが技を競い合う場所でした。
エミール・ガレと並び、その頂点に君臨したドーム兄弟(ドーム・ナンシー)が、1910年頃に制作したのが本作「プリムヴェール・グラヴェ(Primevères gravées/彫刻されたサクラソウ)」文の花瓶です。
高さ20cm、直径21cmの堂々とした器に、春の訪れを告げるサクラソウの花々が、職人の手彫りによって一輪ずつ表現されています。
技法:酸とホイール彫りが織りなす、立体的な花々
本作は、透明なガラスに黄色とマゼンタの色ガラス粉末を溶かし込み、表面には青・緑・黄・ピンクの粉末を焼き付け、さらに白いガラスを熔着(アプリケ)するという、幾重もの工程を経てつくられています。
まず、酸(アシッド)によるエッチングで文様の大まかな形を彫り出し、その後、回転する円盤(ホイール)を用いたグラヴュール(彫刻)で仕上げを施しています。本作では、花の部分がすべてホイール彫りで表現されています。
ホイール彫りは、職人が重いガラス器を手に持ち、回転する円盤に当てながら少しずつ彫り進める、極めて時間と熟練を要する技法です。そのため花びらの一枚一枚に、繊細な陰影とくっきりとした立体感が生まれています。
酸による「面」の表現と、ホイールによる「彫り」の表現。二つの技法の見事な組み合わせが、ドームの技術力の高さを雄弁に物語っています。
モチーフ:サクラソウ ― 春にいち早く咲く「最初の花」
サクラソウ(プリムラ)は、その名がラテン語の「primus(最初の)」に由来するとおり、春にいち早く花を咲かせる植物として、ヨーロッパで古くから親しまれてきました。
長い冬の終わりを告げ、新しい季節の喜びを運ぶ花として、希望や若々しさの象徴とされてきたモチーフです。
ホイール彫りで刻まれた花々は、光を受けるたびにきらめき、見る角度によって陰影の表情を変えるため、手に取るたびに新しい発見があります。
器の側面にホイールで彫り込まれた「DAUM NANCY」のサインと「ロレーヌ十字」は、本作がナンシーの工房で仕上げられた正真の作品であることを示す証です。
歴史的価値:手彫りの技が示す、ドームの到達点
ホイール彫りを全面的に用いた作品は、制作に多大な時間と高度な技術を要するため、ドームの作品の中でも数が限られた、価値の高い存在です。
1910年頃は、アール・ヌーヴォー様式が成熟を迎え、ドームが色彩表現と彫刻技法の両面で最も豊かな表現を展開した時期にあたります。
直径21cmというボリュームのあるフォルムは、ダイニングテーブルやエントランス、リビングの主役として、空間に確かな存在感と華やぎをもたらしてくれます。
職人の手の跡がそのまま美となった一点を、当時の富裕層が愛した「アンダーステート・ラグジュアリー(控えめな贅沢)」として、現代の暮らしの中でお楽しみください。
サイズ
高さ 20 cm
直径 21 cm
状態
目立つ大きな欠け、割れ、傷なく基本的良好な状態です。
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