『アールヌーボー』と『アールデコ』の違いとはどこなんだろう?

フランスやイギリス、ドイツなどをメインに西洋アンティークを輸入して販売をしているのですが、その中でも特に多い質問が

『アールヌーボーとアールデコって何が違うのでしょうか?』

という内容です。

それだけ、たくさんの方がこの2つの芸術感の違いが分からないということだと思いますので、この記事では出来るだけ分かりやすく違いを解説していきますね👍

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アールヌーボーとアールデコの違いを理解しよう!

19世紀末ごろから、1940年ごろまでヨーロッパやアメリカで流行した芸術様式である、アールヌーボーとアールデコですが、具体的にはどのような点が異なるのか見ていきましょう。

 下記はそれぞれの特徴をまとめております。

 

アールヌーボー

  • デザイン:曲線的
  • モチーフ:花や植物などの有機物。女性の柔らかな体のラインや流れるような髪の毛。モチーフによってパリ派とナンシー派が存在する
  • イメージ:エレガントで装飾的。職人技。
  • 流行時期:19世紀末から20世紀初め
  • 中心地:ヨーロッパ(ベルギーのブリュッセル、フランスのパリ)

 

アール・デコ

  • デザイン:直線的
  • モチーフ:幾何学模様
  • イメージ:機能的で合理的。装飾性は低い。
  • 流行時期:1910~1940年頃
  • 中心地:ヨーロッパやアメリカのニューヨーク

  

アールヌーボーとは

アールヌーボーとは、ヨーロッパを中心に広まったイギリス発祥の新芸術運動です。

Art (芸術)+Nouveau(新しい)で、「新しい芸術」という意味を持ちます。

 

アールヌーボーの歴史的背景

イギリスでは産業革命によって、工場での大量生産が可能になり始めた時期になります。

ですが、まだまだ商品の品質は低く大量生産してるものの、これまでより粗悪な商品が市場に出回ったのです。

それを見ていたイギリスの芸術家である、ウィリアムモリスが『芸術とは職人が作ったものこそ芸術である!』

という『アーツアンドクラフツ運動』がフランスに流れ込み、フランス流の言い方でアールヌーボーになったのです。

アールヌーボーは、彫刻、建築、装飾美術、絵画、家具が大芸術として分類されていました。

その下に、工芸(装飾品、花瓶など)があったのですがエミールガレやドーム兄弟の登場によって、工芸も大芸術に加えられました。

エミールガレの初期作品 エナメルガラスを使ったフラコン(香水瓶)

※エミールガレの初期作品 エナメルガラスを使ったフラコン(香水瓶)

 

アールヌーボーの建築

シンプルなデザインではなく、装飾性豊かなものを生活の中にもっと取り込んでいこう、という流れから建築にも積極的にアールヌーボーは取り入れられて行きました。

鉄や鋼は、アールヌーボーを表現できるまでの技術革新が起こってましたので、そこから、地下鉄の入口やお店の玄関、自宅の門などなど色々な場所に取り入れられて行きます。

 

有名なのが、ベルギーの建築家であるヴィクトル・オルタがタッセルに依頼されて作ったタッセル邸が、世界で初めてアールヌーボーを取り入れた建築になっております。

支柱や手すりの下の鉄部分を見て頂くと分かる通り、植物をモチーフとしたデザインで作られているのが分かりますよね。

特に壁紙は、植物が風に吹かれて滑らかに揺らぐ様子が典型的なアールヌーボー様式なのが分かりますね。

アールヌーボーと建築の初めての融合 ヴィクトル・オルタ作 タッセル邸

※アールヌーボーと建築の初めての融合 ヴィクトル・オルタ作 タッセル邸

 

 

アールヌーボーの画家と模様

アルフォンス・ミュシャは日本でも非常に人気のある画家です。

有名なもので言うと、当時フランスで活躍していた女優サラ・ベルナールをモデルとして制作された、舞台公演用の公告ポスターではないでしょうか。

元々ミュシャは、そのポスターを制作する予定はなかったのですが、サラ・ベルナールが休日にも働いてたミュシャとミュシャの作品を見て、ミュシャに製作を依頼したのです。

ミュシャを代表し、女性をメイン題材に扱うのがパリ派のアールヌーボーになります。

アルフォンスミュシャ リトグラフ ジスモンダ

※アルフォンスミュシャ リトグラフ 『ジスモンダ』舞台公演用の公告ポスター

 

アールヌーボー期の工芸

エミール・ガレ、ドーム兄弟が有名でしょう。

エミールガレはそもそも、日本の芸術感(ジャポニズム)に非常に大きな感銘を受けており、学生時代から日本のデザインを積極的に学んでいました。

よって、今でもたくさんのジャポニズムの作品が残っています。

ジャポニズムはヨーロッパで新しい芸術として受け入れられ、それを見たドーム兄弟もいくつかのジャポニズム作品を出しています。

元々は、アールヌーボーといえばミュシャを代表するパリ派だったのですが、そこに新しく『ナンシー派』と言う概念が加わる出来事が起こります。

1900年ちょうどに開催されたパリ万博のときに、エミールガレとドーム兄弟がガラス部門でグランプリを獲得します。

その卓越された職人技と、芸術的な美しさからアールヌーボーはパリ派とナンシー派と言う2つの概念が出来上がったのです。

 

アールヌーボーのガラスランプ

エミールガレとドーム兄弟は、常に新境地でチャレンジしお互いに切磋琢磨しならが素晴らしい作品をこの世に残してきました。

その中でも、アールヌーボーの代表的作品と言えるのはランプではないでしょうか。

電気が一般家庭に普及するのに合わせて、ガラス工芸家もランプの製作を始めます。

特に有名なのが、エミールガレが残したヒトヨタケのランプです。

エミールガレ ヒトヨタケのランプ(北澤美術館)

※エミールガレ ヒトヨタケのランプ(北澤美術館)

それらに追随するように、さまざまな工芸家が美しいランプの作成に携わりました。

アールヌーボー時代 ガブリエル アルジールソー パートドヴェール技法のナイトランプ「藻」

※ガブリエル アルジールソー パートドヴェール技法のナイトランプ「藻」 

アールヌーボー時代 ミューラー兄弟 アネモネの花のテーブルランプ

 

アールヌーボーの家具

歴史的背景の部分で述べた通り、アールヌーボーのデザインは機械から一歩距離を置いた、職人技が光るものでした。

特にアールヌーボーが影響を受けていたのは、重厚で華麗なゴシックスタイル、曲線が多く優雅なロココスタイル、エレガントなバロックスタイルです。

これらが混ざりアールヌーボーのインテリアが生まれました。

 

アールヌーボーの食器

当時のヨーロッパのデザインは、基本的には左右対称で豪華絢爛な印象でした。

しかし、日本の植物をモチーフとした作品や、控えめなデザインのものが流れ込むようになると、日本様式(ジャポニズム)のデザインのものが人気となり、工芸家も独自にデザインを研究しそれを作品に落とし込んで行きました。

日本様式は主に、浮世絵から学ぶことが多く左右非対称のアシンメトリーを反映させたり、重箱や漆喰などの表面的な技法も取り入れられるようになりました。

また、日本からもオールドノリタケ(森村ブラザーズ)現在の『ノリタケ』が西洋の人気のある作品を研究し、積極的に輸出を開始しました。

ロイヤルウースター ジャポニズム 手描き 浮き彫りの花・小麦・金色の縁取り ティーカップ&ソーサー

※ロイヤルウースター ジャポニズム 手描き 浮き彫りの花・小麦・金色の縁取り ティーカップ&ソーサー

オールドノリタケ アールヌーボー様式 ピンクローズと金彩のティーカップ

※オールドノリタケ アールヌーボー様式 ピンクローズと金彩のティーカップ

 

アールヌーボーと日本

日本のデザイン(芸術感)がイギリスを始めとしたヨーロッパに大きな影響を与えたのは間違いありません。

アールヌーボーが始まる前の、1867年にはパリ万博に幕府、薩摩・佐賀両藩から派遣されており、そこで開成所の高橋由一・宮本三平らの油彩、北斎・国貞・芳幾・芳年らの浮世絵、銀象牙細工の小道具、青銅器・磁器、水晶細工などが出品されました。

それをきっかけに、ヨーロッパでは日本の新しい芸術が取り込まれていったのです。

 

アールヌーボー時代に活躍した工芸家

アール・ヌーヴォーの著名な代表者は、エミールガレ、ドーム兄弟、マジョレル、オルタ―、ガウディ、ギマール、アルフォンスミュシャなどです。

 

 

アールデコとは?

アールデコの特徴は、キュビズムの影響を受けた幾何学的で抽象的なモチーフを推奨しています。

また時代が大量生産が可能になったので、簡略化されたデザインというのが特徴です。

アールデコはヨーロッパだけでなく、アメリカも加わってきます。

 

アールヌーボーの価値観は、1905年頃にピークになり段々と衰退してきます。

過度な装飾に全時代さを感じたフランスの人々は、もっと合理的で機能的なファッションを求めるようになりました。

これが1910年頃の話です。

フランスで開花した、アールデコなのですが本来であれば1916年にパリ万博の『アールデコ博覧会』が開催される予定でしたが、第一次世界大戦で中止になってしまいます。

ですので、もうこの時点でアールデコの芸術は確立していたのでしょう。

第一次世界大戦が終わり、戦勝国であるアメリカは資金が大量に溢れ、投機ブームが起こっていました。

そんな時に、フランスのアールデコ博覧会が開催されたことで、アメリカの人々はフランスでたくさんのアールデコの作品を購入し自国に持ち帰りました。

このようにして、アメリカ(特にニューヨーク)でアールデコが本国のフランス以上に花開いたのでした。

 

 

 

アールデコ期の建築

アールデコ様式の建築 クライスラー・ビルディング

アールデコとは、1910年代半ばから1930年代にかけてヨーロッパやアメリカで流行した装飾様式のことで、直線的で合理性や機能性を重視したデザインが特徴です。

直線的な特徴に加えて、ある点から放射状に描かれた線や円弧、さらに連続する波模様などの幾何学模様のモチーフもアール・デコ建築の特徴となっています。

代表的なアールデコ建築は、アメリカに多く見られます。

ニューヨークのクライスラービルやロックフェラーセンター、エンパイアステートビルといった高層建築群がそれにあたります。

アメリカはヨーロッパに比べて歴史が浅く、新しいデザインが受け入れられやすかったことに加え、華美な装飾を省いた商業的デザインが高層建築に最も適した様式であったからとも考えられます。

 

アールデコ期の工芸

アールヌーボーからアールデコ期に活躍したのが、ルネラリックです。

ルネラリックは初期の作品はアールヌーボーを意識した、曲線や女性をモチーフにしたジュエリーなどを作っていましたが、第一次世界大戦後の作品は大きく作風を変え、幾何学模様中心の作品作りに着手しています。

時代の流れが、ヌーボーからデコに変わったのをダイレクトに受けた工芸家とも言えますよね。

ルネラリック コキーユ

※ルネラリック モデル名 コキーユ

デコ時代に貝殻をモチーフにして作られた作品です。

完全に左右対称で幾何学文様で作られたこの作品は、アールデコ時代を象徴するデザインではないでしょうか。

 

ルネラリックの歴史 アールデコ編

 

アールデコのドレス

アールデコ様式のドレス

アールデコ様式の人気は、ファッションの世界にも及びました。

デザインの特徴である直線や幾何学模様は、ファッションにも取り入れられています。

1920年代人気を博していたのは、昼夜を問わず着用でき動きやすい平坦で直線的なシルエットのローウエストの膝丈ドレスなどです。

アールデコのドレスには、リボンやレース、フリルといった過剰な装飾は一切ありません。

その代わりに、直線や幾何学的な図柄の生地が用いられ、機能的でシンプルなデザインに個性をもたらしています。

また、1926年には、ココ・シャネルが発表したリトルブラックドレスがファッション業界に衝撃を与えました。

黒い服=喪服という概念を覆したモードなデザインは、今では定番のものとなっています。

 

アールデコの家具、インテリア

アールデコ様式の家具 インテリア

機能性と合理性を重視してデザインされたアールデコの家具は、直線的でスタイリッシュなところが特徴です。

アールデコ調の家具はクールモダンなデザインの先駆けであり、現代でもその洗練さを失っていません。

一方、アールデコ調のインテリアは、全体の色調をモノトーンに統一したモダンな雰囲気のものが多くなっています。

また、アールデコのもう一つの特徴である幾何学模様も効果的に使用されています。

幾何学模様のモチーフには、直線や曲線、三角形や四角形、円形などの図形が連続して組み合わさった模様などがあります。

壁紙やラグマット、カーテンなどにこうした幾何学模様を使用することで、一気にアールデコ調のインテリアに近づきます。

 

アールデコと日本

先ほど紹介したルネラリックですが、日本建築にもアールデコを取り入れた工芸家として有名です。(当時はこの仕事が大々的に知られていませんでしたが)

1925年にフランスで開催された「アールデコ博覧会」に朝香宮(あさかのみや)夫婦が見学にあたり、ラリックの作った作品に強い感銘を受けて新宮邸の建設をルネラリックに依頼することなります。

帰国後1932年に旧皇族朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)のガラスの扉やシャンデリアなどの製作が完成しました。

東京都庭園美術館のレリーフ ルネラリック作

※東京都庭園美術館のレリーフ ルネラリック作

引用:美術手帖

一般的にルネラリックの作品は、裸婦が多いのですがこちらの女性は薄布で覆われています。

おそらく、日本の芸術に合わせて薄布を着せたのではないかと言われています。

 

 

まとめ

アールヌーボー、アールデコともに時代に合わせた価値観が流行しました。

そして、それら2つの芸術を今私たちは俯瞰的に見ることができて比べることが出来るのです。

あなたはどちらのデザインが好きですか。

ヌーボーもデコもこのような時代背景を理解しておくことで、もっと楽しめますよね😄