オールドバカラ(baccarat)のペーパーウェイトー 愛されたモチーフたち

オールドバカラのペーパーウェイトー 愛されたモチーフたち



ペーパーウェイトはフランスの老舗ガラス工房、バカラの定番商品の一つです。

その美しさはコレットやカポーティなど、数多くのコレクターたちを魅了してきました。
特に隆盛を誇った19世紀に作られたものは「オールドバカラ」と呼ばれています。



バカラがフランスのガラス工房の中心的存在として名声を得たのは1822年頃だと言われています。その後フランス国王ルイ18世が工房の正式なパトロンとなり、バカラのグラスウェアを奨励しました。その後、バカラの職人たちによるグラスウェアはヨーロッパ各国の王族から発注が来るほど有名になりました。


バカラのペーパーウェイトと言えば古来からの伝統技法で作られるミルフィオリ(millefiori)が有名です。「千枚の花」という意味を持つミルフィオリは、金太郎飴状になっているケーンと言うガラス棒のピースを並べていくのが特徴です。ミルフィオリのペーパーウェイトはまるで手のひらにすっぽりと収まる万華鏡です。透き通った美しいクリスタルの中で煌く様に色とりどりの文様が花を咲かせるペーパーウェイトは唯一無二の輝きを持っています。



では、バカラのペーパーウェイトで用いたモチーフたちを中心にオールドバカラの歴史を辿ってみようと思います。

 

バカラのミルフィオリ ペーパーウェイト
 


バカラのペーパーウェイトの原点

 

記録によると最初にガラス製のペーパーウェイトを作ったのはイタリアの水の都、ヴェネチアのムラノ島の職人、ピエトロ・ビガグリと記されています。

彼は元々島の特産品のアヴェンチュリンガラスの職人でした。
彼がペーパーウェイトを作る際、採用した手法がミルフィオリでした。
オーストリア主催の展覧会に出品したこのペーパーウェイトはその美しさで多くの来場者を魅了しました。



そしてこれがきっかけとなり、フランスはもちろん、ボヘミア(現在のチェコ)やイギリスにもペーパーウェイトが広まっていきました。



(*アヴェンチュリンガラスとはイタリア、ヴェネチアの島ムラノで偶然生まれたガラスの一つ。銅片を混ぜて溶けてできた箔状になったガラスのこと。)



 

オールドバカラの特徴― 実は成分も違っていた!


 

オールドバカラの特徴は見た目だけではありません。
クリスタルの成分も実は違うのです。

現在バカラの店舗に並んでいる製品と19世紀のオールドバカラの一番の違いは鉛の成分量です。オールドバカラの方の鉛の量が少ないのです。

オールドバカラでは繊細なクリスタル技術を職人たちは発揮する必要があるということです。作品の繊細さは、オールドバカラの大きな特徴の一つとなっているのです。



また、この成分特徴に加え、2004年頃にバカラはペーパーウェイトのレギュラー生産を打ち切ったため、今後は復刻版プロジェクトなどでしか商品を手にすることができない貴重な美術品なのです。


しかもオールドバカラの時代のペーパーウェイトは一点ものがほとんどなので、貴族や王族、富裕層のオーダーメイド品がほとんどです。これだけでもどれくらい貴重なものか、わかりますね。

 

オールドバカラの特徴― 自然モチーフが愛された時代背景



人気の高いバカラのペーパーウェイトの形の一つにマッシュルームスタイルと呼ばれるものがあります。その名の通り、マッシュルームの傘の部分のような丸いドーム型のペーパーウェイトです。


この型のペーパーウェイトのベース部分にはケーンが密集して、まるでペルシャ絨毯のような複雑な模様を生み出しています。




オールドバカラが作られた時代、人々は自然をモチーフにした美術品に惹かれました。


19世紀の大きな出来事といえば間違いなく、産業革命でしょう。


機械を使って仕事の効率化を図り、大量生産の時代がやってきました。人々の生活も大きく変化した時代に、美術の世界では原点に返る動きが起きました。フランス絵画ではバルビゾン派という自然を描いた画家の一派が生まれ、イギリスのデザインの世界ではアーツ&クラフト運動という職人による手作業を日用品として使い、愛でる流れが出てきました。


そしてその流れはペーパーウェイトのモチーフにも表れているように思えます。


バカラのペーパーウェイトの中でも高い人気を誇るミルフィオリとランプワークでは草花、月、星、そして動物のシルエットを埋め込んだものが数多くあります。



(*ランプワークとはケーンを溶かして職人が工具を使って成型する製造法。職人の技術力が試される手法の一。)




まず、ミルフィオリでよく見るのは星やシャムロック、そして動物のモチーフです。


【星や月】
 これらのモチーフの流行はヴィクトリア時代のイギリスではじまったと言われています。その流行はすぐにフランスにも伝わりました。人々はジュエリーのモチーフとして好んで星や三日月モチーフを身に着けたと言われています。特に三日月は好まれたモチーフでした。
バカラの星、月、三日月のペーパーウェイト
※画像のペーパーウェイトは星屑を表現したもの

【シャムロック】
 豆科のクローバーのこと。
西洋ではシャムロックはラッキーアイテムとして愛されていました。

バカラグラスのペーパーウェイト シャムロック
※中央の緑と白のケーンでシャムロックを表現

ケーンの中に動物のシルエットを描いた手の込んだ作品もあります。
それぞれの動物にも意味があります。


【ゾウ】
そのサイズから安定感や力を表すゾウはヨーロッパ各国の植民地政策が進んでいく中で人々に知れ渡った、いわば新世界の生き物です。
情報伝達が発展し始めた時代だったからこそ、このようなモチーフが好まれたのかもしれませんね。


画像の右下のほうにあるケーンにゾウが描かれています

ゾウのモチーフのアップ



次の画像にあるようなペーパーウェイトでは一つの作品のなかに色々な動物をかたどったケーンが埋め込まれていることに気づきます。それではこれらの作品の中にいる動物モチーフをいくつかピックアップしたいと思います。





【馬】
古代から太陽と天空の神々を表すなど、馬は人類の歴史を辿っていくと必ずそばにいた動物の一つです。もちろんオールドバカラの時代でも人と馬は密接な関係にありました。
馬には高貴さや速さ、自由と言った意味があると言われています。

【ネコ】
ネコは古代エジプトから人々と共に生きてきた生き物です。
ヨーロッパでエジプトや古代文明への関心が高まるきっかけとなったのは1798年のエジプト遠征です。
ネコはネズミを捕まえるので、災いを除いてくれる力があると考えられていました。

【蝶々】
虫のモチーフで人気だったのが見た目も美しい蝶々です。
蝶々には「変身」の意味があると考えられています。


ランプワークで断トツの人気を誇ったのは花が埋め込まれた作品です。

華やかなバラはもちろん、パンジーや小麦といったモチーフの作品も作られました。

 

多くの女性を魅了した花をモチーフにしたペーパーウェイト



【パンジー】
 パンジーの語源はフランス語で考えるという意味の「penser(パンセ)」です。
深く考え込む姿を花の形から連想したことが由来だそうです。
パンジーは19世紀に作られた花です。


それまでの慣習や先入観から離れて知識で物事を考える
「自由主義」のシンボルでもあります。 


 その可愛らしい見た目や「誠実な愛、信頼」という花言葉だけでなく、
大きく人々の生活が変わった時代だからこそ、
人々を魅了したモチーフの一つとなったのかもしれませんね。

バカラのペーパーウェイト パンジー


【バラ】
 花の女王と呼ばれるバラは美の女神アフロディーテが誕生する際、空から降ってきた花として知られています。
華やかな見た目と香りから女性らしさを象徴するモチーフです。
また、「愛、美、喜び」という花言葉を持っているので、幸せな愛の象徴として見る人たちを楽しませたのかもしれません。

バカラのペーパーウェイト バラ(ローズ)

【プリムローズ】
 プリムローズとはサクラソウの一種、プリムラのことです。
語源はラテン語のprima rosaで、一番早く咲くバラという意味です。


 イギリスではヴィクトリア女王の時代に保守派の政治組織プリムローズ・リーグが有名です。この組織では国や女王と共に自由を守ることを掲げてきました。
歴史的背景からも人々の意思が詰まったモチーフです。

バカラのペーパーウェイト プリムローズ

【小麦】
  小麦に慈愛の意味があると考えらています。収穫時の実った穂は見た目通り、豊穣と幸運を象徴する縁起のいいモチーフです。
 余談ですが、ココ・シャネルもこのモチーフを愛し、服飾のデザインに盛り込んだそうです。


【キンポウゲ】
 キンポウゲは特にヴィクトリア時代のアクセサリーでよく用いられたモチーフです。その明るい色合いはシンプルで小さい花であるにも関わらず、存在感があります。
バカラのペーパーウェイト キンポウゲ



このようにペーパーウェイトのモチーフとして「自然」が一つのキーワードになっているのがよくわかりますね。



では自然以外のモチーフといえばどんなものがあったのでしょうか?




バカラが愛した人物モチーフとして有名なのは15世紀のフランスで大活躍した聖女、ジャンヌ・ダルクです。フランスの百年戦争の時代にに登場したジャンヌ・ダルクはフランスの国王に貢献したものの、異端審問にかけられてしまい、無実の罪で火刑に処せられてしまいました。


のちにフランスの守護聖人の1人となったジャンヌ・ダルクはその厚い忠誠心と揺るぎない強さから多くの人々に敬愛されています。





また、興味深いことに同じフランスのガラス工房のサン・ルイではマリー・アントワネットをモチーフとしてよく用いたり、クリシーは王冠を用いるなど、工房ごとにモチーフに込めた意味も異なっているみたいです。




モチーフの意味を調べながら、自分の心を反映するたった一つのペーパーウェイトを探すというのも、またコレクションすることへの楽しみが増えますね。