世界のミリタリーウォッチ “The Dirty Dozen(ダーティ・ダース)”編
ひとつの分野に特化した役割を、可能な限り高い精度で果たせるよう設計されたヴィンテージの実用時計。
その機能性を重視したデザインが魅力です。
ミリタリーウォッチは余計なものを加えず、本当に必要なもの以外は全てデザインから排除した、究極の時計です。
第二次世界大戦中、イギリスがスイス製の腕時計を輸入し、”A.T.P. (Army Trade Pattern: 軍貿易パターン)”という名前のもとに支給しました。
この時支給された腕時計のほとんどは大きさが29~33mmほどで、クロムまたはスチール製のケースにシルバーか白の文字盤、夜光塗料またはバー上のインデックスが使われているものでした。
秒針は時針・分針と同じ位置にあるもの、独立しているものの2種類が存在し、15石ムーブメントで裏蓋にもスナップ式、スクリューバック式の2種類がありました。
しかし、当時の腕時計は軍事用の文字盤、品番、支給番号が付けられているだけで、本質的には一般用のモデルでした。
したがって、このような腕時計が戦場には適さないと判断したイギリス国防省は、戦場において特別必要とされる機能を備えた新しい腕時計をつくるため、独自のスペックを設定しました。
そのスペックは“Wrist(腕)”、“Watch(時計)”、“Waterproof(防水性)”の頭文字をとり“W.W.W.”と名づけられたのですが、このスペックを備えた腕時計を製造したのがスイスにある12のメーカーであったことから、1967年制作の有名な戦争映画のタイトルをとって、一般にはThe Dirty Dozen(ダーティ・ダース)の名で知られるようになりました。
ダーティ・ダースの腕時計は1945年の5月または12月まで支給されなかったため、第二次大戦中に実際に使われることはそれほどありませんでした(第二次世界大戦のヨーロッパ戦勝記念日は1945年5月8日)。
しかし、その数年後も腕時計は世に出回りつづけ、なかには他国軍に支給されるものもありました。
W.W.W.スペックには以下のような決まりがありました。
サイズはりゅうずを除いて直径35mm~38mmまで。
文字盤は、色が黒でインデックスの周りに夜光塗料を配置し、秒針を独立させること。
11.75~13リーニュ(約26.5~29.3mm)の15石のムーブメント、飛散防止の防風、クロムまたはステンレススチール製のケースを使用すること。
防水で、クロノメーターの認定を受けたものであることもスペック要件に含まれていました。
裏蓋(IWCを除き全てスクリューバック式)には、ブロードアロー(イギリス政府の所有物であることを示すマーク)、“W.W.W.”の文字、メーカー番号、そしてアルファベットで始まる軍事用品店番号の4つが刻印されました。
ダーティ・ダースと呼ばれた12のメーカーは、それぞれ規模も生産能力も異なっていましたが、各メーカーで可能な限りの腕時計を生産し、全体でおよそ15万点の腕時計が支給されました。
これら12のメーカーとは、Buren(ビューレン)、Cyma(シーマ)、Eterna(エテルナ)、Grana(グラナ)、IWC 、Jaeger LeCoultre(ジャガー・ルクルト)、Lemania(レマニア)、Longines(ロンジン)、Omega(オメガ)、Record(レコード)、Timor(ティモール)そしてVertex(バーテックス)です。
Enicar(エニカ)もW.W.W.認定腕時計を製造するために設立されましたが、時計の精度が不十分であったためこのメーカーがダーティ・ダースとして知られることはありませんでした。
W.W.W.の腕時計は「雑用時計」と称されましたが、実際には砲兵や通信士などといった、アメリカ兵たちが侮蔑用語を使って“pogue(ポーグ: いくじなし)”と呼んでいた比較的高い階級の兵士たちの手に渡り、歩兵に支給されることはありませんでした。
どの兵にどのような理由でW.W.W.認定腕時計が支給されたのかに関してはっきりとした記録はありませんが、いずれにせよこの腕時計が生産される頃には終戦が近づいていました。
ヨーロッパでの対戦が終わりを迎えた1945年以降も世界各地で紛争が続いていたため、ダーティ・ダースの腕時計は番号を振りなおされてイギリスやその他の陸軍に販売されました。
当時、独立を宣言したインドネシア抵抗運動と対立関係にあったオランダドも、イギリスからW.W.W.認定腕時計を購入しました。
しかしオランダが手に入れた腕時計のうち、最終的に敵対するインドネシアの手に渡ったものもあり、それらの腕時計からは“K.N.I.L.(Koninklijk Nederlands Indisch Leger: オランダ王立東インド軍)”の刻印が消され、かわりに“A.D.R.I.(Army of the Republic of Indonesia: インドネシア共和国軍)”の文字が刻印されました。
W.W.W.認定腕時計を取り扱う権限は、イギリスの王立電子・機械技術軍団と呼ばれる軍部隊にあり、この部隊には腕時計がきちんと動作しスペック要件を満たしていることを保証する責任がありました。
したがって、スペック要件を満たすため、長い年月をかけて多くの非正規パーツがW.W.W.認定腕時計に使われていくようになります。
元のラジウム文字盤はトリチウムやプロメチウムの代替品と取り替えられ、このため正規メーカーの名前とブロードアローの刻印がありながら、夜光塗料にプロメチウムやラジウムなど異なる材料が使われているものなどが生まれました。
このほか、ブロードアローとダーティ・ダースのメーカーであることを示す5つの数字が刻印されたイギリス国防省の文字盤と、ブロードアローにトリチウムを意味する“T”を丸で囲んだマーク、ストック番号、メーカーコードが刻印されたNATOの文字盤が存在します。
さらに複雑なことに、上記の違い以外にも正当なW.W.W.認定の文字盤であるとみなされるでだろうとされる細かなバリエーションが現在でも新しく見つかることもあり、こういったすべてのことが、コレクター市場をさらに盛り上げることになりました。
ブランドごとに腕時計の生産量が違っていたため、どのブランドの製品かということもその腕時計の価値を決めるうえで重要なポイントとなります。
たとえばオメガ製の場合、35mmステンレススチールケースに由緒正しい30Tムーブメントが使用されているにもかかわらず、その生産量が25,000点と多かったために現在2,000~3,000ドルほどの価値しか認められていません。
現代の腕時計ファンにはあまり知られていないCyma(シーマ)というブランドの製品も、37mmステンレススチールケースにキャリバー234のムーブメントが使われており、現在の基準で考えても実用的といえるため軍事用品コレクターに好まれそうな名品ですが、こちらも生産量がおよそ20,000点と多く1,000~2,000ドルで手に入れることができます。
一方、Grana(グラナ)のモデルは非常に高値で取引されています。35mmステンレススチールにインハウスのキャリバーKF320が使われたこのブランドのモデルは、1,000~5,000点ほどしか生産されておらず、現在は一点15,000ドルもの価値が付けられています。
現在、IWC、Longines(ロンジン)、Bell & Ross(ベルアンドロス)など、多くの腕時計メーカーが当時のものを現代風にアレンジしたミリタリーウォッチを生産しています。
Vertex(バーテックス)は創業者の孫の代までに再び持ち直し、今では当時自社ブランドで生産していたW.W.W.認定腕時計の現代版を販売しています。
しかし、ブランドの大きさにかかわらず当時のW.W.W.認定腕時計に共通する特別な点がひとつあります。
それは、こういった時計はある一つの目的を、逆境の中でも高い精度で実現するために精密につくられた、という点です。
自分の腕につけながら、この時計がこれまでに行ってきた場所や見てきたものに思いをはせる、そういったことは本物のW.W.W.認定腕時計だからこそできるのではないでしょうか。
その機能性を重視したデザインが魅力です。
ミリタリーウォッチは余計なものを加えず、本当に必要なもの以外は全てデザインから排除した、究極の時計です。
第二次世界大戦中、イギリスがスイス製の腕時計を輸入し、”A.T.P. (Army Trade Pattern: 軍貿易パターン)”という名前のもとに支給しました。
この時支給された腕時計のほとんどは大きさが29~33mmほどで、クロムまたはスチール製のケースにシルバーか白の文字盤、夜光塗料またはバー上のインデックスが使われているものでした。
秒針は時針・分針と同じ位置にあるもの、独立しているものの2種類が存在し、15石ムーブメントで裏蓋にもスナップ式、スクリューバック式の2種類がありました。
しかし、当時の腕時計は軍事用の文字盤、品番、支給番号が付けられているだけで、本質的には一般用のモデルでした。
したがって、このような腕時計が戦場には適さないと判断したイギリス国防省は、戦場において特別必要とされる機能を備えた新しい腕時計をつくるため、独自のスペックを設定しました。
そのスペックは“Wrist(腕)”、“Watch(時計)”、“Waterproof(防水性)”の頭文字をとり“W.W.W.”と名づけられたのですが、このスペックを備えた腕時計を製造したのがスイスにある12のメーカーであったことから、1967年制作の有名な戦争映画のタイトルをとって、一般にはThe Dirty Dozen(ダーティ・ダース)の名で知られるようになりました。
ダーティ・ダースの腕時計は1945年の5月または12月まで支給されなかったため、第二次大戦中に実際に使われることはそれほどありませんでした(第二次世界大戦のヨーロッパ戦勝記念日は1945年5月8日)。
しかし、その数年後も腕時計は世に出回りつづけ、なかには他国軍に支給されるものもありました。
W.W.W.スペックには以下のような決まりがありました。
サイズはりゅうずを除いて直径35mm~38mmまで。
文字盤は、色が黒でインデックスの周りに夜光塗料を配置し、秒針を独立させること。
11.75~13リーニュ(約26.5~29.3mm)の15石のムーブメント、飛散防止の防風、クロムまたはステンレススチール製のケースを使用すること。
防水で、クロノメーターの認定を受けたものであることもスペック要件に含まれていました。
裏蓋(IWCを除き全てスクリューバック式)には、ブロードアロー(イギリス政府の所有物であることを示すマーク)、“W.W.W.”の文字、メーカー番号、そしてアルファベットで始まる軍事用品店番号の4つが刻印されました。
ダーティ・ダースと呼ばれた12のメーカーは、それぞれ規模も生産能力も異なっていましたが、各メーカーで可能な限りの腕時計を生産し、全体でおよそ15万点の腕時計が支給されました。
これら12のメーカーとは、Buren(ビューレン)、Cyma(シーマ)、Eterna(エテルナ)、Grana(グラナ)、IWC 、Jaeger LeCoultre(ジャガー・ルクルト)、Lemania(レマニア)、Longines(ロンジン)、Omega(オメガ)、Record(レコード)、Timor(ティモール)そしてVertex(バーテックス)です。
Enicar(エニカ)もW.W.W.認定腕時計を製造するために設立されましたが、時計の精度が不十分であったためこのメーカーがダーティ・ダースとして知られることはありませんでした。
W.W.W.の腕時計は「雑用時計」と称されましたが、実際には砲兵や通信士などといった、アメリカ兵たちが侮蔑用語を使って“pogue(ポーグ: いくじなし)”と呼んでいた比較的高い階級の兵士たちの手に渡り、歩兵に支給されることはありませんでした。
どの兵にどのような理由でW.W.W.認定腕時計が支給されたのかに関してはっきりとした記録はありませんが、いずれにせよこの腕時計が生産される頃には終戦が近づいていました。
ヨーロッパでの対戦が終わりを迎えた1945年以降も世界各地で紛争が続いていたため、ダーティ・ダースの腕時計は番号を振りなおされてイギリスやその他の陸軍に販売されました。
当時、独立を宣言したインドネシア抵抗運動と対立関係にあったオランダドも、イギリスからW.W.W.認定腕時計を購入しました。
しかしオランダが手に入れた腕時計のうち、最終的に敵対するインドネシアの手に渡ったものもあり、それらの腕時計からは“K.N.I.L.(Koninklijk Nederlands Indisch Leger: オランダ王立東インド軍)”の刻印が消され、かわりに“A.D.R.I.(Army of the Republic of Indonesia: インドネシア共和国軍)”の文字が刻印されました。
W.W.W.認定腕時計を取り扱う権限は、イギリスの王立電子・機械技術軍団と呼ばれる軍部隊にあり、この部隊には腕時計がきちんと動作しスペック要件を満たしていることを保証する責任がありました。
したがって、スペック要件を満たすため、長い年月をかけて多くの非正規パーツがW.W.W.認定腕時計に使われていくようになります。
元のラジウム文字盤はトリチウムやプロメチウムの代替品と取り替えられ、このため正規メーカーの名前とブロードアローの刻印がありながら、夜光塗料にプロメチウムやラジウムなど異なる材料が使われているものなどが生まれました。
このほか、ブロードアローとダーティ・ダースのメーカーであることを示す5つの数字が刻印されたイギリス国防省の文字盤と、ブロードアローにトリチウムを意味する“T”を丸で囲んだマーク、ストック番号、メーカーコードが刻印されたNATOの文字盤が存在します。
さらに複雑なことに、上記の違い以外にも正当なW.W.W.認定の文字盤であるとみなされるでだろうとされる細かなバリエーションが現在でも新しく見つかることもあり、こういったすべてのことが、コレクター市場をさらに盛り上げることになりました。
ブランドごとに腕時計の生産量が違っていたため、どのブランドの製品かということもその腕時計の価値を決めるうえで重要なポイントとなります。
たとえばオメガ製の場合、35mmステンレススチールケースに由緒正しい30Tムーブメントが使用されているにもかかわらず、その生産量が25,000点と多かったために現在2,000~3,000ドルほどの価値しか認められていません。
現代の腕時計ファンにはあまり知られていないCyma(シーマ)というブランドの製品も、37mmステンレススチールケースにキャリバー234のムーブメントが使われており、現在の基準で考えても実用的といえるため軍事用品コレクターに好まれそうな名品ですが、こちらも生産量がおよそ20,000点と多く1,000~2,000ドルで手に入れることができます。
一方、Grana(グラナ)のモデルは非常に高値で取引されています。35mmステンレススチールにインハウスのキャリバーKF320が使われたこのブランドのモデルは、1,000~5,000点ほどしか生産されておらず、現在は一点15,000ドルもの価値が付けられています。
現在、IWC、Longines(ロンジン)、Bell & Ross(ベルアンドロス)など、多くの腕時計メーカーが当時のものを現代風にアレンジしたミリタリーウォッチを生産しています。
Vertex(バーテックス)は創業者の孫の代までに再び持ち直し、今では当時自社ブランドで生産していたW.W.W.認定腕時計の現代版を販売しています。
しかし、ブランドの大きさにかかわらず当時のW.W.W.認定腕時計に共通する特別な点がひとつあります。
それは、こういった時計はある一つの目的を、逆境の中でも高い精度で実現するために精密につくられた、という点です。
自分の腕につけながら、この時計がこれまでに行ってきた場所や見てきたものに思いをはせる、そういったことは本物のW.W.W.認定腕時計だからこそできるのではないでしょうか。