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フランス製 ドーム兄弟 Daum nancy

フランスのガラス工芸家 ドーム兄弟(ナンシー)(daum nancy)のトップページ

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ドーム兄弟の歴史と作品の偽物と本物の見分け方

1870年の戦争後、
ビッチュの公証人ジャン・ドーム(1825 - 1885)は
フランスに可能性を見出し、自らの研究を売却しました。

彼は1876年にナンシーに住み、4月には数回にわたり同額の資金を
あるところに貸していました。

ナンシーのサント=カトリーヌガラス工場のオーナーである
バートランドは、ボトルとレギュラーカップを生産する工場を
貸し出しました。

同社は財政のが緊迫しており、大金を償還しなければなりませんでした。

ジャン・ドームは1878年3月23日にこの工場へ5万フランを投資し、
見ず知らずの地域にある150人の従業員を抱える会社のトップになりました。
 
1878年、
彼は息子のオーギュストを仲間に加えたものの、
ジャン・ドームは会社の最初の成功を知ることはありませんでした。
 

ドーム兄弟の登場

1885年にジャン・ドームが死去した後、オーギュストはガラス工芸の指揮を引き継ぎ、
1887年にパリの芸術中央学校を卒業した兄弟アントニン(1864〜1930)を仲間に加えました。
 
ガラス製品の財政的な不健全さに直面して、弁護士として訓練を受けたオーギュストは
破産から救済された後にこの工場をリードしていく計画を執る使命がありました。

アントニンは現在のテーブルサービスを飾る作品の製造から始めました。

そのサービスを形成するためにガラス技術に精通し、
それは工場での生産を芸術的創作に向けました。

2人の兄弟は1889年から1891年の間に後にアントニンに委ねられる芸術部門の創設を準備しました。

オーギュストはアールヌーボーのガラス工場にエミール・ガレによって培われた
ガラスの作成手法を提供しました。
 
ドーム兄弟 アントニン

アントニンは数点のシンプルなモデルをもとに
酸エッチングを施しはじめ、ホイールに刻印する技法を使って
モデルに2〜3層構造を設けたガラスを作製しました。

1890年から1914年にかけて、
彼は3000ものレファレンスを作製しました。
 

アーティストの育成

ジャックス・グルーバーはガラス業界で初めてのアーティストです。

1893年に雇用された彼は同年にシカゴ・ユニバーサル・エキシビションのために
創作することを依頼されました。

これが芸術産業の最初の大きな成功になりました。

1894年にナンシー展に参加した後、リヨン(1894年)、ボルドー(1895年)、
ブリュッセル(1895年と1897年)の展覧会があり、その間に彼の作品の区別が設けられています。

1897年には会社の中で独自のデコレータと
彫刻家を結成した画期的な学校が設立されました。
 
アンリ・ベルゲは同社の第二の芸術家であるマスター・デコレータです。

1898年から彼の側にはエミール・リッツがいました。
 
1900年にフランスのパリで開かれた世界博覧会のガラス製品の最初の大賞に
ドーム兄弟の作品ととガレの作品が選ばれました。
 
アルマリック・ウォルターは1904年にガラスペーストを開発し、1915年まで彼はドームの工房にいました。

1901年に、ナンシースクールの公式に認められます。

エミール・ガレがこのグループの影の貢献者であり、当校の校長になります。

アントニンは副校長に就きました。

また、アントニンはナンシー商工会議所の人格者の1人でもあります。
 

ドーム兄弟の新時代

アントニンは1909年、フランスの東方国際展の中で重要な役割を果たしました。

この展覧会はエコール・ド・ナンシーの終わりを告げるものでした。

オーギュストは1909年に亡くなり、
アントニンは1930年に死ぬまで活動していました。

その後、オーギュストの息子、ジョン、ヘンリー、ポールがドームの責任を分かち合いました。
 
ジャンは1916年に亡くなり、ヘンリは父親のようなマネージャーになりました。

ポールはナンシーの物理化学研究所を卒業し、徐々にアントニンの代わりになっていきました。

1918年以降、ドームは新しい生産条件への同社の適応を保証し、
ユーティリティより品質、技法、審美的な姿勢を維持することを切望していました。
 
ドーム兄弟がガラス製作について話し合う会議
左からアウグストゥス、アントニン・ドーム、マルグリット・ドーム、バラの木[アーカイブ]を背景に、Famille Daum。

同社は1923年にバルセロナ、1925年にパリでアールデコの国際展、
1931年にはパリで開催された展覧会植民地時代の主要展覧会に引き続き参加しました。

1920年代、ポールはアールヌーボーへの国民の関心が
なくなりつつあることに気づき、アールデコに向けて制作を指揮しました。

そのアールデコの需要は高く、ビジネスとして栄えていました。

1925年にクロアズアレで2番目のベル・エトワール(Belle-Étoile)クリスタル工場を
開設しました。

そこではロランによって白いガラス、ボール、そしてファンタジーが生み出されました。

1930年代の経済危機により、ベル・エトワールは1934年に閉鎖しました。

しかし、ドームは1935年にはトランスアトランティック社による
90,000個の発注を受けました。

彼らはライナーノルマンディーのためにガラスとクリスタルを注文していました。
 

第二次世界大戦後

クリスタルガラスはアンリとミシェルの指導の下で著名な地位にいました。

エコール・セントラル・パリのエンジニアである
アントニンの孫、長男アントワーヌ・フロワサール(1920-1971)は、
特に透明で輝かしいクリスタルガラスを開発しました。

この新しいクリスタルガラスは、厚くて柔らかい形と
輝きのある外観を持つ作品の作製を可能にしました。
 
オーギュストの孫ジャックは現代クリエイターに魅力を感じ、
1965年にドーム製品へ新しい息吹をもたらしました。

また、シーザーはナンシーで数週間過ごし、新しい物質の利用へ取り組みました。
 
そして、アントニンの孫であるピエール・デ・チェリイ(Pierre deChérisey)は、
1976年に(1990年代まで)同社を率いる社長になりました。
 
2000年にはアクサ・プライベート・エクイティと
クレディ・アグリコル、そして1880年に設立された
金細工のティタード・フレールによって業界の大部分が占められていました。

財政の心配に苦しみながらも同社は先手を打つことにしました。

同社は持株会社フィナンシエールサンジェルマンを通じてアルジェリア、フランスの
金融プロスパー・アマウヤールにより、2009年5月に買収を決行しました。

ジャン・ボッジョ、セージ・マンサウ、
マドレーヌ・ファン・デ・ヌープ、
ジェローム・メスネジャーなど
多くのデザイナーが働いていますが、
クリスタルガラス工場は現在も存在し、
その生産は国際的に知られています。

 

クリスタルペースト:クリスタルの現代特異性

1968年からドーム工場は30%の鉛からなるクリスタルペーストを利用しています。

この手法は20世紀初頭のガラスによって発見され、
放棄されたガラスペーストの古代技術の近代化をして再導入されたものです。
 
ロストワックスと彫刻について、ドームによって使用されるプロセスは
いくつかの段階があります。

このプロセスは主に次の6段階に区分することができます。

まずはスケッチから始まり、彫刻家はクレイモデルになります。

エラストマー金型はモデル上、負に細工されています。

この金型に熱い液体ワックスを充填します。

その後、元のモデルと同一の硬化ワックスオブジェクトを取得するために冷却されます。

ワックスオブジェクトは、耐火石膏に埋め込まれている穴が設けられており、
対象とアセンブリの陰型でプラスター成分はワックスの影響下で溶融炉内に配置されます。

このとき、熱は穴を通って排出されます。

その後、プラスターは特定の割合で様々な形状
および色の結晶フラグメントであるカレットが充填されます。
 
アセンブリは、オブジェクトのサイズに応じて10〜20日間の期間にわたって
900℃のオーブン内に置かれます。

ここで熱の影響下でのカレット溶融により、色の濃淡を生成します。

オーブンを出る際に、生彫刻、クリスタルペーストを
穏やかにそれぞれユニークな作品を作るため、その金型から解放されます。

芸術作品には限られた一連の部品のために、完成された際、ドロー番号が刻まれます。

今でも芸術家によって芸術の一部のエディションのために刻まれています。
 

ジョルジュ・ブラックは、2007年6月13日から10月19日まで、ナンシーのHôtelde Villeで展示されたドームクリスタル作品の基礎となった作品を手掛けたアーティストの一人です。
 
カルモーでの別の展覧会では、ジョルジュ・ブラーケとサルバドール・ダリの作品が
2010年5月から10月にかけて披露されていました。

また、2015年9月から2016年1月まではサルバドール・ダリとメゾン・ドームの
パートナーシップを再現した展覧会がパリのモンマルトルのエスパス・ダリ (サルバドール・ダリ)で開かれていました。

この展覧会ではドームのために作られたダリの製品だけでなく、
リチャード・テカー、アルマン、セザール、
ジェローム・メスネジャー、
カルロス・マタ、ベンなどの
他のコラボレーション製品も取り上げていました。
 
このようにして得られた
多色性および色相や色合いのために、
2つとして同じものは存在しません。

ドームは現在、
完全にガラスペーストの技術を習得した
世界で唯一のガラスメーカーとみなされています。
 
これらの事業の大部分、
特に原材料の生産は、
ナンシー工場が
新しいモデルの創造とモデル化に専念している
バンヌ・ル・シャテル工場で行われます。

 

ドーム兄弟の作品の偽物と本物の見分け方



コレクターにとって幸いな事に、今のところそこまで沢山のドーム兄弟・ナンシーの
偽物は出回っていません。

ここ数年は、フランスのガラス職人、エミール・ガレの作品が最も価値があると考えられ、
それ故にたくさんのエミールガレの模倣品が作られてきました。

それに比べてドーム兄弟の作品の購入は比較的安全だと言えるでしょう。

しかし、フランスのガラス作品の人気が高まっていけば、気を付けないといけなくなるでしょう。

ドーム兄弟・ナンシーの作品が本物かどうか考える際に最も重要な事は、
基本的なドーム兄弟の作風の感覚を忘れないことです。

もし、それがドーム兄弟の作風ではない場合は疑って見た方が良いでしょう。



もし、アンティークショップのお店のフレンチグラスの商品全てに、
きちんと正規の値段を付けているディーラーが、ある一つのドーム兄弟・ナンシーの作品に、
正規の価値の何分の一かの奇妙な値を付けていればかなり高い確率でそれは偽物です。


もし、あなたがパリのお土産屋さんに行って、売られている商品は明らかに全て新しい小物なのに、片隅にドームのランプが置いてあったとしたらそれは多分偽物です。


時々、フリマや骨董市なんかで、
ヤード・セール(自宅の庭先で不用品を売る事)や、不動産購入で起きた素晴らしい掘り出し物の話を耳にしたりしますよね。

現実は、そうやって成功した一つの話のそばで、他の100の話があり、
誰かが得をしようとして簡単に1万円を損しているのです。


私はこれまでにたくさんのドーム兄弟の美味しい話に飛びついて
偽物を掴まされて来た人たちの話を聞いて来ました。

そうならない為にも自分のフランスのガラス工芸品に対する知識を
しっかりと蓄えておきましょう。

そして、そういった知識を蓄えるのは難しいことではなく
本物の商品を見るのと同時にサインの描かれ方、工芸家の作風を覚えておけば大丈夫です。

それではここからその覚えておくべきドーム兄弟の偽物の見分け見分け方を
解説していきます。


 

ドーム兄弟・ナンシーのマークとサインを確認する

コレクターやディーラーにとっては、ドーム・ナンシーのマークに焦点をあてることは
とても重要なことです。

現実は、ドーム・ナンシーの作品における、ドーム・ナンシーのマークは、
その作品が本物かどうかを調べるためのほんの一部分にすぎません。

文字通り、本当に多くの違ったスタイルのドーム・ナンシーのサインが存在します。

私たちは、こちらのページを頻繁に更新し、ドーム・ナンシーの粗悪品、
そして本物の作品のサインを紹介していこうと思います。


たくさんのサインが存在するのはドームの工房には様々なデザイナーがいたからです。
そのデザイナーによって作風が違ったりサインが違ったりと言った特徴があるので
これだけたくさんのサインがあるのです。

画像は、ドーム・ファクトリーから拝借したものです。

画像の質は悪いですが、様々な種類のサインがあるという、
基本的な概念は理解頂けるかと思います。



これは、決定的なものとは程遠いですが、あらゆるマークが一つにまとめられているものを
持つことは良いことです。

これがあればドーム兄弟によってサインされたマークなのかを一目で確認出来るからです。



ドーム兄弟(ナンシー)の歴代マークとサイン daum nancy


以下に紹介しているものは、100%本物のサインです。
各マークの下に説明文を載せていますので、ご一読ください。

ドーム兄弟(ナンシー)の金彩のマークとサイン


これはクラシックなゴールドサインで、多くの壺や小さなアイテム(リキュールグラス)の底面に記載されていることが多いです。時々、これらのマークは少し手触りを感じる事があります。
これらはまた、どんなグラスアイテムにも最も簡単に印字し塗付する方法でもあります。


ドーム・ナンシーのマークとサイン 渦巻型

これは、刻印されたドーム・ナンシーのサインです。
作品の底面や側面にあります。
この画像のように、これらのサインはしばしば渦巻き模様にされています。
模倣するのが難しいドーム兄弟・ナンシーのサインです。


ドーム・ナンシーのマークとサイン

これは、更にクラシックなスタイルのドーム・ナンシーのサインです。

daum
nancy

の横に十字架のマークのようなのが確認出来ますね。
これはクロス・オブ・ロレインと言います。
ほとんどの場合、壁画(風景画)のような作品で見受けられます。
※クロス・オブ・ロレイン=横2本線に縦1本線のマーク

ドーム・ナンシーのマークとサイン

これは、ドーム兄弟・ナンシーの本物のサインです。
底面に軽く刻印してあり、クラシックなクロス・オブ・ロレインがD&Nancyの下に連なって来ています。
このクロス・オブ・ロレインのマークがないサインもありますが当たり前なのですがそれは偽物です。

ドーム・ナンシーのマークとサイン

しばしば、工房のアーティストが作品に自身のサインを残します。
これらは、最も一般的なTもしくはNのサインです。

  弊社のドーム兄弟の商品は全て現地で調達(仕入れた)商品になります。