パラゴン食器(paragon)

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      パラゴンの歴史

      パラゴン コバルト金ローズ

      パラゴンは、1903年にスターチャイナ・カンパニーという名前で設立しました。

      パラゴンの言葉の意味は”模範・お手本”という意味です。



      共同経営者は当初、

      ・ハーバード・エインズレイ(ジョン・エインズレイ2世の長男)

      ・ウィリアム・イリングワース(義理の息子)

      の2人でハーバードは、エインズレイの会社を設立したジョン・エインズレイのひ孫に当たります。

      エインズレイの家系図

      エインズレイとパラゴンの関係

      ハーバードは、祖父と共に仕事をしており、良質な陶磁器の製造に関する多くの経験を積んでいた人物です。

      ウィリアム・イリングワースは、ジョン・エインズレイ2世の一番下の娘の旦那であり、義理の息子になります。

      この会社はイギリスのロングトンの、グレゴリーストリートにあったセントグレゴリーズ・ワークスで生産を開始し、1903年3月にロングトンのサザーランドロードにあったアトラス・ワークスに移転します。

      その後、ジョン・エインズレイ2世は1900年7月に引退しました。

      パラゴン スターチャイナ時代のサイン(マーク・刻印・バックスタンプ)

      ※パラゴン スターチャイナ時代のサイン(マーク・刻印・バックスタンプ)

      1907年、ハーバート・エインズレイの末娘は、ロングトンのルビアン・アート・ポタリー社の営業担当者であったヒュー・アーヴィングと結婚します。

      アーヴィングは、1910年にイリングワースがスターチャイナ・カンパニーを退職した際、スターチャイナ・カンパニーのメンバーとして義父と共に経営に携わるようになりました。

      1919年に社名を変更することを決定し、1920年にパラゴン・チャイナ・カンパニーとなり、さらに1927年9月ハーバート・エインズレイの退職及び共同経営権解消により、それまで長年にわたってパラゴンの事業を統率してきたヒュー・アーヴィングは、個人事業主になりました。

      1930年に、同社はパラゴン・チャイナ・リミテッドとして知られるようになります。

      アーヴィングは、あらゆる機会を最大限に活用する非常に鋭い実業家で、小売業店舗でのショーウィンドウ・ディスプレイ・コンテストを行い、イベント当日にセレブを招待するなど、現代的な広報の方法を提案しました。

      これらは全国のマスコミから多くの注目を集め、小売店によるパラゴン製品の人気も高まりました。

      ヒュー・アーヴィングの息子のレスリーとガイは、それぞれ1928年と1933年に事業に参加することになります。

      1960年、ロイヤル・アルバート骨磁器の製造業者であるトーマス・C・ワイルド・アンド・サンズ社に買収されるまで、アーヴィング一家による経営は続きました。

      1964年7月、パラゴンを含むワイルド社はローリイ・グループ社と合併し、その数年後アライド・イングリッシュ・ポタリー社に社名を変更し、さらにパラゴンは1972年にロイヤル・ドルトンの一部となり、1991年までその名前で磁器を生産し続けました。

      1989年までにブランド名とデザインはロイヤル・アルバートに吸収され、1992年までにパラゴンの名前での生産は廃止されてしまいました。

      この時期のいくつかのパラゴン・パターンの磁器はロイヤル・アルバートのもとで生産され続け、ロイヤル・アルバートの名前がドルトンによって廃止されるまで引き続き存在していました。

      英国王室との関係


      パラゴン ツー・フォー・ジョイ

      1926年、パラゴンはエリザベス王女殿下の誕生を記念して「ツー・フォー・ジョイ」デザインを発表しました。

      これは、王女殿下の洗礼式で見られたとされている2羽のカササギを描写したもので、ヨーク公爵夫人殿下はデザインを気に入り、磁器をいくつか購入しました。

      これが英国王室とパラゴンの長い歴史の始まりです。

      女王(メアリー)と王室の人々はパラゴンのデザインにに魅了され、自家用、また贈り物として定期的に磁器を注文しました。

      1933年4月、パラゴンはメアリー女王陛下への王室御用達許可書(ロイヤルワラント)を授与されました。

      ロイヤルワラントは、ロイヤル・ファミリーの特定のメンバーに定期的に商品またはサービスを提供する人々または企業にのみ付与され、厳格な規制が適用され、これにより譲受人またはその会社は製品に王室の紋章を表示することができます。

      1920年代の終わりに向かい、パラゴンはより品質の高い磁器に「ロイヤル」パラゴンと言うマークを付け始めます。

      ロイヤルワラントの付与により同社は新しい紋章入りの商標を導入し、すべての製品をロイヤル・パラゴン磁器として紹介するようになりました。

      残念ながら、ロイヤルワラントには「ロイヤル」という言葉を使用する権利は含まれておらず、御用達の許可が取り消されたため、パラゴンは当局に反論しましたが、現在の記録によると「ロイヤル」パラゴンは1934年末以降は生産されていません。

      パラゴンは、1938年に新しい女王(エリザベス)と王母、そして1955年に彼女の娘である女王陛下により、ロイヤルワラントを再度を授与されました。
       

      第二次世界大戦中のパラゴン
       

      第二次世界大戦初期、イギリスは戦争の戦力のために資源を節約しようとしたため、緊縮財政が始まっており、陶磁器製造業界さえも影響を受け、国内用のごく少量の柄無しの食器のみの生産を行っていました。

      パラゴン・チャイナ・カンパニーは、1933年より記念陶磁器セット「メアリー女王御用達」、1938年より「エリザベス女王」を製造していました。

      パラゴンは、北米およびイギリス連邦国の市場への輸出用にカラフルな陶磁器の製造する権利を求め、許可されていたのです。

      通常、陶器がミリタリー コレクションや愛国心を表すためのアイテムに関連することはありませんが、この時代のいくつかのパラゴンの作品には、第二次世界大戦闘争中のイギリスとその同盟国をあしらったデザインやパターンが見られます。

      パラゴン ヴィクトリー・シリーズ

      現在、販売およびオークションに掲載されているパラゴン製品のほとんどが、カナダ、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドにあり、イギリス軍人が家族に向けて送られたものと思われます。

      製造番号は無く、製造された作品のパターンや種類の記録も存在しないため、時折二重に保証マークが示された新しい作品がオンラインオークションに現れることがあります。

      これらの作品のテーマは、さまざまな国、地方、連隊の紋章から、チャーチルやルーズベルトのスピーチの引用まで多岐にわたりました。

      作品自体は、カップとソーサー、ピンまたは塩用の皿、チョコレート・マグと大きいコップ、小プレート、キャンディー皿、灰皿、小さな花瓶など様々です。

      その中で最も珍しく価値のあるのが「王はまだロンドンにあり」「女王はまだロンドンにあり」「勝利の夜明け」の三点で、稀にオンラインオークションに出品されると激しい入札争いが起こります。

      パラゴン 王はまだロンドンにあり
      パラゴン 女王はまだロンドンにあり
      パラゴン 勝利の夜明け