クロノグラフ腕時計 パイロット・ウォッチ100年の歴史
航空草創期のパイロット・ウォッチ
パイロット・ウォッチとは、その名の通り"飛行士の時計"です。今でこそ腕時計が使われていますが、航空草創期は懐中時計が使われていました。
アメリカのライト兄弟は、1903年12月17日に人類初の動力飛行に成功しました。この時に弟・オービルが身に着けていた懐中時計が、いわば史上初のパイロット・ウォッチと言えるでしょう。もっとも、この時の飛行距離は36.6m、飛行時間はたった12秒でしたから、時計を取り出して使用する暇などなかったかもしれません。
ブラジル人飛行家、アルベルト・サントス・デュモンは、ポケットから取り出す手間なく時刻を確認できる時計の製作をカルティエに依頼しました。これが、史上初の"腕時計としての"パイロット・ウォッチ「サントス」の誕生です。その後、彼は1906年10月22日に、高さ3m・距離約60mの欧州初動力飛行に成功しました。
それから数年で航空機は急速に進化していきます。1909年7月25日、フランスのルイ・ブレリオが、自作の航空機「ルイ・ブレリオ」でドーバー海峡横断に成功。また同年には、天才時計師・アブラアン-ルイ・ブレゲ直系のルイ-シャルル・ブレゲが「ブレゲ1型機」を製作し、1911年には最速飛行記録を樹立しました。ブレゲの高性能な航空機は、第一次世界大戦で史上初めて実戦に投入されますが、この時もパイロットのほとんどは依然として懐中時計を用いていました。
パイロット・ウォッチの目覚ましい進化
第一次世界大戦後、航空機と歩調を合わせるように、腕時計も急速な進化の道をたどります。チャールズ・リンドバーグは1927年5月に大西洋単独無着陸飛行を達成。2年後、ロンジンは米海軍ウィームス大佐の発案に基づき、腕時計「ウィームス・セコンド・セッティング・ウォッチ」を発売。そして1931年、リンドバーグとウィームス大佐との交流から生まれた航空用腕時計の着想を元に、ロンジンは「アワーアングルウォッチ」を製作します。この時計は、GMTと太陽高度、六分儀による観測等を組み合わせて現在位置を知ることができる、いわばGPSの機能を持った本格的なパイロット・ウォッチでした。
第二次世界大戦時、ドイツ空軍では「Bウーア」(Beobachteruhr=観測時計)と呼ばれる直径55mmの超大型時計や、ハンハルト、グラスヒュッテによって製作されたクロノグラフが使用されました。
1940年代の日本でも、方角測定と時間測定の機能を持つ直径50mm弱の「天測時計」や、懐中時計クロノグラフ「秒時計1型」がセイコーによって製作され、飛行士の装備品となっていました。
やがて第二次世界大戦は終結し、腕時計は新開発と普及の時代に突入します。それは同時にパイロット・ウォッチの躍進をも意味しました。
まず1942年にブライトリングが回転式計算尺を搭載したクロノグラフ「クロノマット」を発表。1952年には、12時間積算計を備え、より高度な計算を可能とする「ナビタイマー」が誕生。1954年にブレゲがフランス海軍航空隊(通称アエロナバル)に納入したクロノグラフ「タイプXX(トゥエンティ)」には、プッシュボタン操作で瞬時に計時を再開できるフライバック機構が備わっていました。
これら軍用パイロット・ウォッチの系譜と異なるのが、1954年に登場したロレックスの「GMTマスター」です。世界標準時表示機構を持つこのモデルは、民間旅客機パイロットから絶大な支持を得ました。1969年にはオメガもGMT機能を搭載した「フライトマスター」を発売し、やはり民間パイロットから人気を得ました。しかし、この頃までの全てのパイロット用クロノグラフには、手巻き式のムーブメントが使われていました。
完成の域に迫る航空クロノグラフ
自動巻き式ムーブメントを搭載したクロノグラフの登場は1969年。ブライトリング/ホイヤー/ハミルトンが連合で製作した「クロノマチック(キャリバー)」、ゼニスの「エル・プリメロ」、セイコーの「ファイブスポーツ・スピードタイマー(キャリバー61系)」の3つが、最初期の自動巻きクロノグラフでした。
その後、1972年にレマニアが自動巻き式ムーブメント"キャリバー1340"を開発。1973年にバルジューの"キャリバー7750"が登場します。1978年には、レマニアが開発した"キャリバー5100"がポルシェデザインの「ミリタリークロノグラフ」に搭載され、NATO軍やアラブ首長国連邦空軍などに採用されました。
1984年、ブライトリングから、自動巻きムーブメント"バルジュー7750"を採用した新型「クロノマット」が登場。そして、それとほぼ同時の1985年に、ブライトリングはクォーツ式ムーブメントを搭載した斬新なクロノグラフ「エアロスペース」を開発します。これらの出現により、正確で耐衝撃性に優れるクォーツ・モデルが自動巻きモデルと並んでパイロット・ウォッチの主流となり、今日に至ります。
ハミルトン(Hamilton)の躍進
航空草創期、ハミルトンは大躍進を遂げていた鉄道時計のPRのみならず、パイロット・ウォッチとしての精度と信頼性もアピールしました。当時の広告では、ロッキー山脈上空を飛行する航空機の様子とともに、ハミルトンのパイロット・ウォッチが定期航空郵便公式時計に採用されたことがアピールされています。リチャード・バードによる1926年の北極圏飛行の成功も文中で紹介されています。
フランスのルイ・ブレリオは自作の航空機「ブレリオ 」の魅力
フランスのルイ・ブレリオは自作の航空機「ブレリオ 」でドーバー海峡横断飛行に成功しましたが、その時に使われた時計がゼニス製だったことにちなんで、2011年バーゼル・ワールドにて、ブレリオの名前を冠した「エル・プリメロ パイロット クロノグラフ」が発表されました。