フランスのガラス工芸家 エミールガレ(emile galle)の素晴らしき作品のご紹介2と工房について
フランスのガラス工芸家 エミールガレ(emile galle)の素晴らしき作品のご紹介
エミールガレ 作 非常に美しいカメオガラス
エミール・ガレは、若いころ、様々なガラスの技術に加え園芸も学びました。
彼のカメオガラスの作品の多くに、彼の自然への愛が反映されています。この素晴らしい赤いカメオの花瓶もまた、彼のガラス制作の技術力と植物への愛を示す美しい作品です。薄い赤色部分は濃い赤色に囲まれ、そこに花や葉が彫られています。このモチーフは優雅に花瓶を囲んでおり、いったいどのようにこんな繊細な細工をガラスにほどこすことが出来るのかと不思議に思わせるほどです。1870年代、ガレは父親の工場で植物を透明なガラスにエナメル彩で絵付けしていましたが、その後カメオガラス工芸の技法を開発し完成させ、その名を知られるようになりました。彼は自分の工房を経営し、1904年に亡くなるまで、多いときには一時に300人もの人を雇っていました。彼の工場は1936年まで稼働していました。この花瓶は、ひびや欠け、わずかな痛みもなく、素晴らしい状態です。100年間、展示されていたことを示す擦り傷があります。
この品は、私どもが最近手にした多くのカメオガラスのコレクションの1つです。
お客様のカメオガラスのアートコレクションに加えるのにも、飾り棚のアクセントとしてもふさわしい一品です。
サイズ
高さ 14cm
ガレ フランス製 カメオガラス 花瓶 クイーンアンズレース模様 取っ手付き
こちらは1900年初頭のガレによって制作された素晴らしい大型の
フランス製のカメオガラスの花瓶です。
この花瓶は、丸みを帯びていますが前後は平たく、なかなかみることのない形です。
クリーム色からピーチ色へとぼかしをベースに、
クイーンアンズレースの花模様が描かれています。
つやけしのガラスの取っ手がとりつけられ、さらなるアクセントとなっています。
素晴らしい作品です。丁寧にガレとサインが入れてあり、その横に星がありますが、これは1905年以降に書かれるようになりました。
この花瓶は欠け、ひびも補修あともなく、よい状態です。これ以上の素晴らしい大きなガレの作品をみつけるのはかなりむずかしいでしょう。
サイズ
高さ 30.5cm
幅 22.9cm
エミールガレ フランス製 カメオガラス 花瓶
細長く下部に丸みのあるガレのフランス製のカメオガラスの花瓶です。
アプリコット色を含んだつや消しのガラスに、
明るく薄い黄色とスプリンググリーンが重ねてあり、
種子のさやがなっているメープルの枝という博物学的な模様がアシッド(腐食技法)で描かれています。1904年から1914年頃の作品です。
ダメージや補修跡はありません。カメオ彫でガレのサインと星が描かれています。
サイズ
高さ 44.5cm
直径 16cm
ガレ アールヌーヴォー カメオガラス キャビネット 花文 花瓶
正真正銘のガレの1900年頃、アールヌーヴォーのキャビネット用の花模様の花瓶です。
制作当時のままの素晴らしい状態のガレの美しいガラス作品です。
欠け、ひび、補修あとはありません。
ガラスには多少小さな気泡が内包されています。正確さを期するために記していますが、
ガレの時代の作品にはよくみられるものです。
細部まで素晴らしく、色も美しいです。
サイズ
高さ 12.7cm
ガレ バンジョー型 カメオガラス 花瓶 イエロー・グリーン イチョウの葉文
愛らしい繊細なフランス製のカメオガラスの花瓶は、ヨーロッパのアールヌーヴォー運動において、もっとも影響力のある芸術家の1人であったガレによって作られました。
スモーキーな深い黄色を背景に、オリーブグリーンのイチョウのは模様が配されています。
花瓶は2つの色のガラスで出来ています。オリーブグリーンの外側の層は、アシッド(腐食技法)により美しい細やかなイチョウの模様を描き出しています。花瓶はクラシックなバンジョー型で自然な形をしています。ガレの作品は、1889年のパリの万国博覧会においてグランプリを受賞し、素晴らしい名誉を得ました。
この作品は愛らしい一品で、柔らかくロマンティックな色合いです。欠け、ひび、補修あとなどなくよい状態です。サイド部分に浮き彫りでガレとサインされています。
サイズ
高さ 16.5cm
直径 8.3cm
アールヌーヴォー ガレ カメオガラス アイリス文様4色使い
このガレのカメオガラスの花瓶は、フランスのアールヌーヴォーの装飾工芸の素晴らしい一品です。アールヌーヴォーの時代、ガレはガラス工芸においてもっとも革新的な芸術家のひとりでした。アールヌーヴォー時代に彼は名高く、影響力のある芸術家で、パリの万国博覧会に出展し、
多くの賞を得ました。
魅惑的なゆったりとした花瓶で、アールヌーヴォーの時代の流行のものです。
この器は透き通った本体の内部にピンクのガラスの層があり、すばらしいつや消しのような雰囲気を作りだしており、光の射し具合に変化を加えています。
アイリスの花と葉は、パープルとオレンジでガラスに描かれており、柔らかなベースの風合いをとてもいい感じに引き立てています。
花瓶は、クリア、ピンク、バイオレットと深いオレンジ色の四色のカメオ彫りの花瓶です。
カメオのガラスの層には、デザインの形や細部がアシッド(腐食技法)によってほどこされています。花瓶の形は下部は丸く膨らんでおり、小さな花束やご自宅の飾り用の花瓶にぴったりです。
自然な形の下部に流れるような書体でガレのマークがサインされており、彼の名前の横には小さな星が描かれています。これは、1904年にガレがなくなった後、彼の工房を妻が引き継いでいた時代に作られた作品であることを示しています。彼の妻は、1914年に戦争が勃発するまでガラス工房を経営していました。この作品は、欠け、ひび、補修あともなく素晴らしい状態です。
サイズ
高さ 15.2cm
直径 土台部分 10.2cm 口の部分 4.4cm
ガレ アシッド技法 エッチング カメオガラス 花瓶
これは、1900年頃のアシッド技法でエッチングされた芸術的なガレのカメオの花瓶です。
花瓶には、花の咲く果物の樹木が描写され、本体の4分の3部分にまで広がっています。
この花瓶の形はバルスター型(なし形)です。カメオは、黄色を土台に透明な青のガラスの層が重ねてあり、ブルーグリーンのカメオ模様を作り出しています。
緑のカメオ彫でガレとサインがあります。
状態は非常にいいです。ひび、補修あとはありません。
ベースとなっている葉模様のためあまりみえませんが、土台の角の部分に欠けがありますが、
磨いてあります。経年相応の擦れがあります。
サイズ
高さ18.5cm
幅 5.5cm(上部の部分)
工房の紹介
有名なフランスのガラス工芸家であるエミール・ガレは、急速に世界が工業化に向かっていった1846年、フランスのナンシーという町に生まれました。
彼の父シャルル・ガレは陶器とガラス制作の工場を所有しており、エミールガレは早くから植物学、芸術、昆虫学、化学において才能をみせ、その知識は彼ののちの芸術家としての仕事に大変役立ちました。10代の頃、ガレは遠くへと旅に出かけ、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館の東洋コレクションにみられたエナメルの技術に魅了されました。
ガレはマイセンタールのバーガン&シュベールのガラス工房で働き始め、その後1873年に古文自身の会社を設立しました。クラシカルなエナメルデザインの試作をしその技法に興味を抱いていた彼は、1878年のパリの万国博覧会をみて、その情熱を一気に燃え上がらせました。そこで、特に印象的だったのがイギリスのジョゼフ・ロックとジョン・ノースウッドによるカメオガラスとアージー・ルソーによるパート・ド・ヴェールのデザインです。ガレは、カメオガラスや陶器、木象眼の世界に、彼自身の自然への愛情、化学の知識と芸術家としての観察力を結びつけようとします。
ガレは1885円に小さな象眼細工の木工所を開き、そこで家具に象眼細工のデザインをほどこす経験を積み始めます。一方、父親の工場でも働き続けていました。1889年、エミール・ガレはパリの万国博覧会で新しいガラスの工芸品を展示しました。デザインも色もそれまでにみられなかったもので、それはすぐさまセンセーションを巻き起こしました。
アールヌーヴォーの新しいスタイルが現れ始め、アールヌーヴォーの美学と自然への愛情は、当然ながら未だ若きエミール・ガレを惹き付けました。ガレが最初に工房を設立した時はバーガン&シュベールの工房がはガレのデザインを製造していました。しかし、1894年にガレはナンシーに自分自身の工場を建て、制作に取り組むことで彼独自のデザインを創りだすようになりました。ガレは自ら多くのデザインを生み出しました。ガレは、「エミール・ガレ・クリスタリー(ガラス工房)」で彼が雇っている優秀なメンバーのデザインに積極的に手直しを行ない、認めて行ったことでも有名です。
植物学者として、ガレのデザインは、虫や花々、葉や草木のふとした瞬間の細かい部分など自然から多くの発想を得ています。ガレはフランスのレジオン・ドヌール勲章を含め、生涯を通して多くの賞を手にしました。また高い人気を博し、高収入の仕事を得ました。彼は、骨身を惜しまない努力を何日も要するような複雑で入り組んだガラスデザインから、高品質の工芸ガラスで美しいながらもそれほど製造に費用がかからないデザインのどちらも制作しました。
ガレのカメオガラスは、ホイールカット技法のものとアシッド・エッチング(酸による腐食処理)技法のものがあります。どちらの技法も職人の熟練した技能が必要とされます。どちらの技法でも、多色使いのガラスの層を少しずつ取り除くことで、複雑で素晴らしい細やかなデザインを創りだします。
ガレの作品、特にカメオガラスは、エミール・ガレの生前中にも、常に広く偽造されていました。彼のスタイルは、ドーム兄弟とミュラー兄弟を含め同時代の多くの人々に影響を及ぼしました。この地方の多くの人々はひとまとめにナンシー派として知られており、ガレはエコール・ド・ナンシー(ナンシー学校)の初代学長に選ばれました。
ガレは1904年、58才の時に白血病で亡くなりました。彼の未亡人は1914年に第一次世界大戦が勃発するまで、工場でガレのガラスデザインを作り続けました。これらの作品も製造時にガレのサインが描かれていますが、彼の死後は彼の名前の横に星が加えられるようになりました。第一次世界大戦ののち、エミールの娘婿であるポール・ベルトリーゼが、もう一度ガレのガラス作品を製造し始めました。彼は、新しいデザインを加えながらも花と風景のパターンを多層のカメオガラスに主に制作していました。ガレ作品の製造は1936年にすべて終りました。