稀代の天才芸術家ルネ・ラリック(Rene Lalique)ガラスの技法
ルネラリック(Rene Lalique)のガラスの技法解説
稀代の天才と呼ばれたルネラリックですが、その作品の多くにはカリ・ガラスとクリスタルガラスの中間である、無色透明のガラス(訳注1)を使っていました。
訳注1:一般的にクリスタルガラスには、相当な量の鉛を含んでいます。
しかし、ラリックが使用していたガラスは、この鉛の量が少なく、半(セミ)クリスタルと呼ばれていました。このガラスは大量生産には大変向いているものだったのです。
それは、半熔融状態で加工がしやすく、型に付着しにくかったからです。
さらに、表面仕上げもしやすく、比較的安価というところもその理由でした。
青みがかった乳白地のオパルセントガラス(訳注2)が量産用に開発されると、それはあっという間に人気に火がつきました。
訳注2:オパルセントという名前の由来には、オパールの輝きに似ているというところからきています。このガラスは憐酸塩、フッ素、アルミナなどを使って半濁状態にしたものです。
これにコバルトがわずかな量加わると、ブルーが入った光沢が出るのです。
半濁の具合としては、厚みのあるレリーフの部分に表面と内面の冷却温度が大きいほど、強く、薄いところは透明に近いものとなるのです。
※ルネラリックのオパルセントガラスを使った飾り皿 (オンディーヌ)
※ルネラリックのオパルセントガラスを使ったたんぽぽのボンボニエール
さらに、濃い赤や鮮やかな青、それに紫、透明感のあるエメラルドグリーン、サフランイエロー、アンバーなどの色を使ったガラス作品も多くあるのです。
そしてそれらの色を「パチネ」と呼ばれる技法で、ガラスの表面に着色していきました。
※ルネラリックのパチネ技法を使った花瓶
側面にサフランイエローのガラスが確認できます。
これまであったガラスの製造方法を、ルネ・ラリックは独自に改良していき近代化させて生み出していったのです。
ルネラリックの成形法
鋳造法
ラリックはもともと宝飾のデサイナーをしていました。
そのときに、鋳造法と呼ばれる方法を利用して、宝飾細工の小さなモチーフにガラス宝飾をしていました。
この鋳造法という方法は、時が経ち、吹きガラスで制作された作品に熔着して、その装飾にも使用されるようになったのです。
まずこの方法は、耐火粘土で作られた鋳型に、溶けたガラスを流し込みます。
その後、鋼鉄製のローラや木製のこてなどを利用して型になじませるのです。
ガラスの温度が下がってから、鋳型が壊されます。
そうして完成したガラスが、取り出されるのです。
このときのガラスは、中が空洞ではありません。しっかりと詰まっています。
プレス成形
このプレス成形と言われる方法は、鋳造法を機械で行うようにしたものです。
彫刻や、小像、花瓶の取っ手や耳、グラスの脚というように、中身に空洞ではなく、詰まっているようなものを作るときに、使用されます。
さらに、プレス成形ではない他の技法を使用して作られた大きな作品や、花瓶などに熔着して作品の一部として使われることもあるのです。
鋳型というのは、何度も使用されるものなのです。
なぜなら、その型は鋳鉄製や加鋼鋳鉄でできているから、繰り返し使うことができます。
ちゃんとその鋳型が壊れないような工夫もされているのです。
型を壊さないようにガラスを取り出すために、金型は2つから複数に分かれています。
さらに、圧搾空気を利用してピストンを使用します。
これは、鋳型の細かい部分にまでしっかりと、くまなくガラス種が行き渡るようにするためなのです。
ガラスは、鋳型から外されるときは、鋳造法よりもさらに低い温度で外されるようになるのです。
型吹き成形
型吹き成形というのは、風船のように中が空洞のガラス作品を作るときに使用される方法です。
鋳型は加鋼鋳鉄製の金型を使用します。
その鋳型は、複数のパーツにわかれているのです。
製造の方法としてはまず、仕上がりのときのガラスの分量に合わせて、ガラス種を型に流し込みます。
このとき、高圧の圧搾空気を使用して、ガラスを吹きます。
そうして、作品の模様を表した鋳型の凹部分にガラスをまんべんなく綺麗に行き渡らせます。
そして、鋳型の内部に空間を作り出すのです。
機械吹きの特徴として、商品全体の品質を均一にすることができます。
機械で行う方法は、作品の質のバランスを均一にして、全体的に満足のいく作品を多く作ることができるのです。
しかし、機械吹きのメリットは、作品の質を均一化することだけではないのです。
空気圧から作品を作るのに必要なガラスの量を、最初から割り出すことが可能となります。
そのことにより、製造にかかるスケジュールを細かく決めることができ、管理しやすくなるのです。
シール・ペルデュ(蝋型鋳造法)
ルネ・ラリックは量産品ばかりを作っていたというわけではないのです。
手をかけた一点ものの作品や、最大でも6点ものの数が少ない貴重な作品を、生涯に渡って作り続けていたのです。
こういった、少数作品を作るときに使われた製造法が、ブロンズ製法をそのまま応用した蝋型鋳造法と呼ばれる、シール・ペルデュです。
この方法は、まずルネ・ラリックが蝋型の原型を作ります。
それを職人たちが耐火粘土を使って、雌型鋳型を作り上げます。
内部が詰まっていて、空洞がない作品を作るときは、この型にそのままガラス種を流し込みます。
そうすると、蝋が溶けてガラスが行き渡ります。
すると、鋳型の模様だけではなく、指紋のようなわずかな模様までもしっかりと映し出すことができるのです。
一方、制作する作品の内部に空洞があるときは、蝋を使います。
雌型の内側にガラスの厚みと同じだけの蝋を塗るのです。
そうしてから、耐火粘土で中子(なかご)を作ります。
この中子があることで、ガラス種を型に流し込んでとき、中子の形に沿ってぐるりとガラス種が形作るので、内部に空洞を作ることができるようになるのです。
ガラスの熱を少しずつ下げたあとは、耐火粘土の鋳型からそっと抜き出します。
それから中子を壊してしまうのです。
そうして、完成した作品を型から完全に取り出してしまいます。
しかし、この中子ですが1920年を過ぎると、代わって圧搾空気が使われるようになりました。
ガラス種を型に流し込むと同時に圧搾空気が吹き込まれるのです。
そのときの噴射圧の力を借りた、ガラスの内側に空間を作るという仕組みになっています。
ガラスの徐冷後の仕上げ
高温のガラスの熱を少しずつ下げるために使用される、徐冷窯。
ここを通したあと、作品は鋳型を外されます。
そうして、ようやく室温の空間に戻されていくのです。
そして、そのままの状態で作品に不良品がないか、瑕疵がないかというような最初のチェックが行われていくのです。
もし、この検査で不良品が発見された場合は、もちろん作品の中から外されてしまいます。
この検査は無事通過したものだけが、次のステップへと進めるのです。
次のステップは、仕上げ作業となります。
鋳造のつなぎ目が、グラインダーを使用して平らにされます。
そして研磨用のグラインダーを使用して、綺麗に磨かれるのです。
次に口の部分と、底が平行の状態になるように、平らに削られていきます。
光沢仕上げ
仕上げの方法には、2つの種類があります。
それは、光沢仕上げと、艶消しの2種類です。
光沢仕上げは、コルク盤をつけたグラインダーを使用して、研磨することで仕上げることができます。
艶消し仕上げ サチネとサンドブラスト
「サチネ(訳注3)」というのは、沸化水素に硫酸を加えた液に作品を数時間浸すことで作られることができます。
サンドブラストというのは、金剛砂を圧搾空気を使い、ガラスの表面に噴射する方法です。
キメが粗い石目の艶消しのときに使用されました。
そのとき、光沢を残したい場所はしっかりと覆い隠すことが必要になります。
サチネの場合も、光沢を残したい部分には、瀝青で覆ってから溶液の中にガラスを漬け込んでいきます。
パチネ
パチネ(訳注4)というのは、彩色法の1つです。
浮き彫り装飾のディテールを浮き立たせるために使われています。
そもそもパチネというのは、顔料を含んだ溶液のことを指しています。
一般的にはアラビアゴムをメインにした液に、顔料を溶かして作っています。
この顔料を含んだ溶液は、ガラスに染み込んで色づけするわけではありません。
乾燥したあとのガラス素地の表面にしっかりと固着してくれるのです。
エナメル彩色
このエナメル彩色というのは、作品の一部だけに彩色する方法のことをいいます。
低い温度で焼戻しをすることにより、エナメルはガラスの表面に焼きつけられるので、変色することがありません。
ルネ・ラリックの作品の装飾はすべてにおいて、鋳型によって施されています。
ですから、グラインダーを使用した手彫りを装飾として使用した作品は、基本的には、見当たりません。
ルネ・ラリック(Rene Lalique)のサイン
サインにも種類があります。
作品が仕上がったあとに、グラインダーを使用して、職人がサインするもの。
そして鋳型の中に彫り込まれているものの2種類です。
鋳型に彫り込まれたサインには、レリーフになっているものと、陰刻になっているものがあります。
もしも、鋳型で入れたサインが不明瞭な場合は、職人が改めてグラインダーを使用してサインが入れ直されることもありました。
その判断は最終チェックを行う担当者が指示するのです。
訳注3:絹のサテン織を表現する単語から付けられています。まるでサテンのような柔らかな光沢を感じる艶消しのことです。
訳注4:古色をつけるという言葉が、名前の由来になっています。
もともとは、ブロンズ彫刻の仕上げをするときに、使用されれていた言葉なのです。
ガラス工芸においては、エミール・ガレが古銅や古金属を雰囲気を表すための失透現象を考えてパチネとつけていました。