この作品は カール・クリストフ・プンツ( Carl Christoph )によって1761年頃に製造されたモデルのフィギュアです。 プンツの経歴は殆ど知られておらず、その出生すら記録がありません。 ミシェル・ヴィクトール・アシエがマスターモデラーをしていた時代、マイセン磁器創成期から活躍したフリードリッヒ・エリアス・メイヤーがマイセンを去った後の1761年から正式なマイセン磁器モデラーとなり、そして1763年からは主任彫刻家、または役員として務め、他界する1765年までマイセン製作工場に在籍していました。 それ以前は作品ごとに制作参加していたようです。 文献によるとプンツが一人で原型を制作したのは1763年以降、主任彫刻家になってからと言われております。 つまり晩年、亡くなる直前の2年間しか作品を制作しておらず、原型制作に携わったのは入荷作品を含め僅か7作品しか存在しないと言われています。